航空自衛隊築城基地配属F2のドックタグ設計中です。

F2/Aジェット戦闘機・築城基地バージョンです。

とうとう念願であった、航空自衛隊グッズの第一弾となるステンレス製タグが完成しました。まだ製品化に向けた若干のデザイン調整がありますがほぼこのデザインで仕上がります。 8SQの部隊マークで登場です。

 ブラックパンサーと呼ばれる黒豹が部隊マークです。なお現在8SQは部隊創立60周年を記念して特別なカラーリングの機体が存在します。まだ見てないのですがぜひ離陸・着陸するところを見たいものです。

8SQと6SQを予定しています。

画像

 また、F2を採用している部隊はほかにもありますので順次他部隊マークを擁したタグを準備したいと思います。

F2 8SQ 今回、かなり力をいれて設計しているF-2/Aジェット戦闘機の姿を配したドックタグを設計しています。

 築城基地配属なので、8SQと6SQを計画しています。

f2

 裏は8SQの部隊マーク トレードマークはブラックパンサーを配しました。航空自衛隊-JAPAN AIR SELF-DEFENSE FORCSの刻印とともに、8SQの文字をミリタリーフォントで固め、雰囲気を出しています。

このシリーズとして、他基地のF-2部隊タグも予定してます。ますますラインナップが豊富にそろってきている猫工艦タグをお楽しみに。

羽黒(妙高型重巡洋艦)が艦艇ドックタグに加わりました。

羽黒(妙高型重巡)【名前刻印無】ドックタグ・アクセサリー/グッズ

 妙高型の4番艦羽黒が猫工艦艦艇ドックタグに加わりました。羽黒の姿はほぼ最終時点でかつ、艤装撤去される前の状態で再現しています。

 羽黒は三菱造船長崎造船所で建造され1929年(昭和4年)4月25日に竣工した古鷹・青葉型につづく20センチ砲を持ち、汎用艦隊決戦型重巡洋艦というべき性格を持つ艦艇であった。重巡洋艦に期待される任務のすべてを拙くこなすことができる装備・戦力を持っていた。特に20センチ砲10門は同年代の各国重巡洋艦と比較しても戦力的に充分であった。

 

 平賀譲造船官の基本設計に基づいているが、魚雷装備については否定的であった。次世代の巡洋艦隊による海戦では、遠距離砲撃戦が中心となり1万トンを超える重巡に魚雷戦は時代錯誤と考えていたのではないだろうか。列強は次第に防空巡洋艦への移行を目指しておりその点では、魚雷戦にこだわった日本海軍の悪癖によって活躍の場を奪われたかもしれない。もっと活躍した重巡だったのではと悔やまれる。

 ただし、巡洋艦としては開戦から目覚ましく活躍しており日本海軍において重巡の地位は高く、かつ戦艦には荷の思い任務も十分に活躍したといえるだろう。

スマートな艦隊、主砲を背負い式とその背後にもう一門後ろに向けて配置する独特の艤装をそのままに、53ミリX30ミリ 厚=1.2ミリのステンレス製SUS304)のドックタグ型プレートに精密に刻印して皆様にお届けしています。

 

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駆逐艦時雨ドックタグご紹介

作製している艦艇/戦車/航空機タグの種類も随分増えました。

そこで既存タグを改めて紹介しようと云う事で第一弾は人気が高い駆逐艦ではダントツの知名度と思われる時雨を改めてご紹介します。

 

白露型の「時雨」幾多の海戦に参加し最小限の被害で帰還する時雨を「幸運艦」と呼ばれるほどでした。特にフィリッピンへの米軍反攻上陸作戦が開始され、その敵部隊を戦艦主砲により駆逐する作戦の一貫として
昭和19年10月22日、西村艦隊は、午前中に出動した主力の栗田艦隊とは別にブルネイを出撃。フィリピン西南のスールー海を通り、24日深夜にレイテ島南方のスリガオ海峡へさしかかったのです。

さてこの戦い。米艦隊の用意周到な作戦には日本海軍の栗田艦隊を始め西村艦隊もその全ての作戦行動を無線傍受され暗号を解読されてしまい、敵に迎え撃つ体制を完全の採られてしまってから、実施された対西村艦隊殲滅作戦だったといえるでしょう。

まずT字型戦法を発展させた陣形で、狭い海域において西村艦隊の約10倍近い60隻に及ぶ大艦隊で迎撃しようとしました。それだけでなく魚雷艇に始まり、駆逐艦らの魚雷戦により反撃する暇もなく各個撃破されていく西村艦隊。

その様を見ていた日本将兵にとては痛恨の極みであったことでしょう。このあたりはじっくりといつか紙面を使って解説したいと思いますが、その西村艦隊の唯一の生き残りであった時雨は後から来た志摩艦隊とは行動を共にせず 、指揮系統が別の艦隊であったゆえに、自ら選択した目的地を目指すことになります。

この判断は正しく、志摩艦隊は目指した泊地に到着した後、米艦載機の襲撃にて被害を被ることになってしまいました。

自らの判断と自らが持つ幸運にて生き延びた時雨。ところが最後は対潜水艦爆雷戦中に狙っていた敵潜水艦ではない、別の米潜水艦に狙われてその一生を追えることになるのです。

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いずも建造中です! 護衛艦シリーズも鋭意開発中!

猫工艦ステンレス製タグは4000枚以上の生産数を誇るアイテムに育ちました。

本当に皆様のおかげです。

旧日本海軍ならびに、海上自衛隊の護衛艦艇のラインナップ追加を鋭意設計中です。すこしづつですが拡充を図ってまいります。

 

現在、鋭意開発中なのが最新鋭護衛艦いずもです。

まったく小さすぎてわかりませんよね。そうです。これだけ大きい艦艇なのです。

正直、書き込みすぎるほど書き込んでいますが、いずもならず、かがも計画しています。

もう少しお待ちいただき、無事竣工することをお待ちいただければ幸いです。

矢矧(阿賀野型軽巡洋艦)が艦艇ドックタグに加わりました。

大変おまたせしました。阿賀野型の矢矧が登場です。

矢矧といえば、悲劇の特攻として語り継がれる世界最大の戦艦大和の護衛として、栄光の第二水雷戦隊最後の旗艦として、静かに瀬戸内海から沖縄に向けて出撃する下りはウィキペディアに坊ノ岬沖海戦として記載のある通りです。

 儚くも戦艦大和の護衛として全力で戦うも対空兵器の貧弱さによって米艦載機の爆雷撃から逃げることは叶わず、魚雷7本という軽巡洋艦としては破格の耐久性を見せる矢矧でしたが儚くも沈没の憂き目にあってしまいます。

 この坊ノ岬沖海戦時と思われる兵装で53ミリX30ミリ 厚=1.2ミリのステンレス製(SUS304)のドックタグ型プレートに精密に刻印して皆様にお届けしています。

 

軽巡 矢矧 諸元

艦  名 阿賀野型二等巡洋艦(軽巡洋艦)「矢矧」(阿賀野型3番艦) 
排 水 量 基準:6,652t 公試:7,710t
全  長 船体:174.50m 水線長:172.0m 全幅:15.20m
機  関 ロ号艦本式重油専焼水管缶 6基 艦本式タービン4基4軸
最大速力  35.0ノット/出力:10,000馬力 舷側装甲:64ミリ/甲板:29ミリ
兵  装 50口径四十一式15cm連装砲塔3基6門、九八式8cm連装高角砲A型2基4門
(開戦時) 25mm三連装機関銃8基、九二年61cm4連装魚雷発射管2基8門、他
同 型 艦 阿賀野、能代、酒匂(阿賀野型総計4隻)
主要戦歴 マリアナ沖海戦、レイテ沖海戦、坊ノ岬沖海戦
造船:佐世保海軍工廠 進水:昭和17年9月25日(1942年)                                                     竣工:昭和18年12月29日
喪失:坊ノ岬沖海戦で、4月7日に戦艦大和護衛中に米艦載機の攻撃にて沈没

軽巡 矢矧 ハガキデザイン

上は通販でお求め頂いた方へお送りしている矢矧ハガキです。

この矢矧はillustratorで描いていますが、それを利用して矢矧の船体構造を見ていきたいと思います。なおイラストは上記ハガキデザインでillustratorで作画した画像を拡大掲載しています。多少の省略を施していますのでその点はご了承ください。

1.艦首

平甲板型船体である。強く傾斜したクリッパー・バウ型の艦首から艦首甲板に繋がっています。フェアリーダー(停泊時の繋留策を通す導策器)軍艦旗掲揚の旗竿(控え・やらずが艦首側)など阿賀野型特有のすっきりしたデザインは美しさを醸しています。

2.50口径四一式15cm砲(砲塔)

50口径四十一式15cm砲

Wikipediaによれば

「戦艦金剛に搭載された、英ヴィッカース社製の、「五十口径毘式十五糎砲」を母体に作られた艦載砲。阿賀野型が計画された際、各国の軽巡に対抗するため、15cm砲を搭載することになり、この砲を連装化することになった。最大仰角も30度から55度に上がり、一応は対空射撃ができるようになったが、重量軽減のため装填方式は人力のままで、毎分6発程度とされる発射速度も、射撃のたびに砲を装填角度に戻す必要性から更に低下し、有効な対空射撃は困難であった。」

これが対空可能な両用砲が開発されていればと残念でなりませんが水雷戦隊旗艦として設計された阿賀野型の宿命でした。

3.艦首および煙突周辺

矢矧艦首から煙突

主砲から艦首までのスペースがあるのが阿賀野型の特徴でこの部分はかなり気に入っております。機銃座および射撃式装置などの装備がありますが、その下部の構造物は水雷戦隊司令部要員(かなりの人数だったそうです)が作業する作戦室・通信/電探室・詰所だったのではないかと思います(資料乏しく不明です)

艦橋のデザインは利根・最上型に準じるデザインで後の護衛艦艦橋デザインにも似た姿はとてもかっこいいと思っています。艦橋下部にあるのは「九八式8cm連装高角砲A型」で秋月型の長10cm対空砲の小型バージョンです。艦橋には22号電探、マストには13号電探そして21号電探と電探装備目白押しに必要装備がならんでいます。トップの射撃式装置は最上型(大和型)と同じく測距儀が測距塔に設置され、その同軸上に94式包囲盤照準装置が搭載され全方位旋回して照準を行えるが、艦橋トップには防空指揮所があり艦橋後部側は巨大な射撃式装置があって観測が難しく用兵側から不満が出ていました。艦橋の羅針盤艦橋部は左右に張り出した感じですが、全部には張り出してなく造形上の注意点です。羅針盤艦橋窓上部の張り出しは、現在の護衛艦艦橋にも装備されている遮風板です。これがあるおかげで射撃時の爆風から防空指揮所要員および羅針盤艦橋窓を風圧から守っています。

煙突はボイラーからの蒸気を排出するわけですがボイラーから排出される排煙量が大きくこのクラスにしては大型の煙突で、もう少し傾斜していたら(大和のような)かっこよかったのにと唯一のデザイン的不満点でもあります。

4.飛行甲板(フライングデッキ)

阿賀野型の特徴の一つに飛行甲板下部に魚雷発射管(陽炎型や夕雲型と同型の九二年61cm4連装魚雷発射管2基8門)が並びます。ここは予備魚雷庫、酸素発生・充填機などがありかなり危険な区域でした。まさしく魚雷課の為のスペース、もちろん詰所もあったでしょう。そしてカタパルト、飛行甲板で整備しそのままカタパルトに載せ、旋回して射出の様はさぞ感動しそうです。なお、煙突後ろの家屋のような構造物は簡易的に増設された加工・整備用の倉庫ではと想像しています。

5.後部甲板

矢矧 艦尾

後部甲板には艦尾から軍艦旗掲揚の旗竿、爆雷投下台、三番砲塔、後部マストなどの艤装でわりとゆったりしたイメージがあります。マストには110センチ探照灯で艦首側と合わせ、二基搭載されています。

6.最後に 

ドックタグに刻印した矢矧の姿はここに掲載した画像そのままを「53ミリX30ミリ 厚さ1.2ミリ」のタグ型ステンレス製 JIS G 4305/SUS304 のステンレス製板材をドックタグ型に大型産業レーザー加工機で切断頂いた品にillustratorから専用CAD/CAMでマシニング加工(精密刻印)した作品です。

なお、ドックタグは「2枚もの」というイメージがありますが、旧日本陸軍は一枚もののタグ(認識票)でした。当方はWikipediaの認識票 にある「海上自衛隊には認識票を常時身につける習慣がなく、落合が指揮官となった自衛隊ペルシャ湾派遣では万が一に備え掃海母艦「はやせ」の乗組員に認識票を配布したところ隊員達の表情が曇ったため、苦し紛れに「ただの迷子札」と説明した」という記述より形こそ米式のタグですが、米式二枚物は死ぬ可能性があることが、前提となっている仕組みですので、猫工艦としては、かならず愛する人のもとに帰還して欲しいという願いから「一枚物のタグ」として製造しています。