矢矧(阿賀野型軽巡洋艦)が艦艇ドックタグに加わりました。


大変おまたせしました。阿賀野型の矢矧が登場です。

矢矧といえば、悲劇の特攻として語り継がれる世界最大の戦艦大和の護衛として、栄光の第二水雷戦隊最後の旗艦として、静かに瀬戸内海から沖縄に向けて出撃する下りはウィキペディアに坊ノ岬沖海戦として記載のある通りです。

 儚くも戦艦大和の護衛として全力で戦うも対空兵器の貧弱さによって米艦載機の爆雷撃から逃げることは叶わず、魚雷7本という軽巡洋艦としては破格の耐久性を見せる矢矧でしたが儚くも沈没の憂き目にあってしまいます。

 この坊ノ岬沖海戦時と思われる兵装で53ミリX30ミリ 厚=1.2ミリのステンレス製(SUS304)のドックタグ型プレートに精密に刻印して皆様にお届けしています。

 

軽巡 矢矧 諸元

艦  名 阿賀野型二等巡洋艦(軽巡洋艦)「矢矧」(阿賀野型3番艦) 
排 水 量 基準:6,652t 公試:7,710t
全  長 船体:174.50m 水線長:172.0m 全幅:15.20m
機  関 ロ号艦本式重油専焼水管缶 6基 艦本式タービン4基4軸
最大速力  35.0ノット/出力:10,000馬力 舷側装甲:64ミリ/甲板:29ミリ
兵  装 50口径四十一式15cm連装砲塔3基6門、九八式8cm連装高角砲A型2基4門
(開戦時) 25mm三連装機関銃8基、九二年61cm4連装魚雷発射管2基8門、他
同 型 艦 阿賀野、能代、酒匂(阿賀野型総計4隻)
主要戦歴 マリアナ沖海戦、レイテ沖海戦、坊ノ岬沖海戦
造船:佐世保海軍工廠 進水:昭和17年9月25日(1942年)                                                     竣工:昭和18年12月29日
喪失:坊ノ岬沖海戦で、4月7日に戦艦大和護衛中に米艦載機の攻撃にて沈没

軽巡 矢矧 ハガキデザイン

上は通販でお求め頂いた方へお送りしている矢矧ハガキです。

この矢矧はillustratorで描いていますが、それを利用して矢矧の船体構造を見ていきたいと思います。なおイラストは上記ハガキデザインでillustratorで作画した画像を拡大掲載しています。多少の省略を施していますのでその点はご了承ください。

1.艦首

平甲板型船体である。強く傾斜したクリッパー・バウ型の艦首から艦首甲板に繋がっています。フェアリーダー(停泊時の繋留策を通す導策器)軍艦旗掲揚の旗竿(控え・やらずが艦首側)など阿賀野型特有のすっきりしたデザインは美しさを醸しています。

2.50口径四一式15cm砲(砲塔)

50口径四十一式15cm砲

Wikipediaによれば

「戦艦金剛に搭載された、英ヴィッカース社製の、「五十口径毘式十五糎砲」を母体に作られた艦載砲。阿賀野型が計画された際、各国の軽巡に対抗するため、15cm砲を搭載することになり、この砲を連装化することになった。最大仰角も30度から55度に上がり、一応は対空射撃ができるようになったが、重量軽減のため装填方式は人力のままで、毎分6発程度とされる発射速度も、射撃のたびに砲を装填角度に戻す必要性から更に低下し、有効な対空射撃は困難であった。」

これが対空可能な両用砲が開発されていればと残念でなりませんが水雷戦隊旗艦として設計された阿賀野型の宿命でした。

3.艦首および煙突周辺

矢矧艦首から煙突

主砲から艦首までのスペースがあるのが阿賀野型の特徴でこの部分はかなり気に入っております。機銃座および射撃式装置などの装備がありますが、その下部の構造物は水雷戦隊司令部要員(かなりの人数だったそうです)が作業する作戦室・通信/電探室・詰所だったのではないかと思います(資料乏しく不明です)

艦橋のデザインは利根・最上型に準じるデザインで後の護衛艦艦橋デザインにも似た姿はとてもかっこいいと思っています。艦橋下部にあるのは「九八式8cm連装高角砲A型」で秋月型の長10cm対空砲の小型バージョンです。艦橋には22号電探、マストには13号電探そして21号電探と電探装備目白押しに必要装備がならんでいます。トップの射撃式装置は最上型(大和型)と同じく測距儀が測距塔に設置され、その同軸上に94式包囲盤照準装置が搭載され全方位旋回して照準を行えるが、艦橋トップには防空指揮所があり艦橋後部側は巨大な射撃式装置があって観測が難しく用兵側から不満が出ていました。艦橋の羅針盤艦橋部は左右に張り出した感じですが、全部には張り出してなく造形上の注意点です。羅針盤艦橋窓上部の張り出しは、現在の護衛艦艦橋にも装備されている遮風板です。これがあるおかげで射撃時の爆風から防空指揮所要員および羅針盤艦橋窓を風圧から守っています。

煙突はボイラーからの蒸気を排出するわけですがボイラーから排出される排煙量が大きくこのクラスにしては大型の煙突で、もう少し傾斜していたら(大和のような)かっこよかったのにと唯一のデザイン的不満点でもあります。

4.飛行甲板(フライングデッキ)

阿賀野型の特徴の一つに飛行甲板下部に魚雷発射管(陽炎型や夕雲型と同型の九二年61cm4連装魚雷発射管2基8門)が並びます。ここは予備魚雷庫、酸素発生・充填機などがありかなり危険な区域でした。まさしく魚雷課の為のスペース、もちろん詰所もあったでしょう。そしてカタパルト、飛行甲板で整備しそのままカタパルトに載せ、旋回して射出の様はさぞ感動しそうです。なお、煙突後ろの家屋のような構造物は簡易的に増設された加工・整備用の倉庫ではと想像しています。

5.後部甲板

矢矧 艦尾

後部甲板には艦尾から軍艦旗掲揚の旗竿、爆雷投下台、三番砲塔、後部マストなどの艤装でわりとゆったりしたイメージがあります。マストには110センチ探照灯で艦首側と合わせ、二基搭載されています。

6.最後に 

ドックタグに刻印した矢矧の姿はここに掲載した画像そのままを「53ミリX30ミリ 厚さ1.2ミリ」のタグ型ステンレス製 JIS G 4305/SUS304 のステンレス製板材をドックタグ型に大型産業レーザー加工機で切断頂いた品にillustratorから専用CAD/CAMでマシニング加工(精密刻印)した作品です。

なお、ドックタグは「2枚もの」というイメージがありますが、旧日本陸軍は一枚もののタグ(認識票)でした。当方はWikipediaの認識票 にある「海上自衛隊には認識票を常時身につける習慣がなく、落合が指揮官となった自衛隊ペルシャ湾派遣では万が一に備え掃海母艦「はやせ」の乗組員に認識票を配布したところ隊員達の表情が曇ったため、苦し紛れに「ただの迷子札」と説明した」という記述より形こそ米式のタグですが、米式二枚物は死ぬ可能性があることが、前提となっている仕組みですので、猫工艦としては、かならず愛する人のもとに帰還して欲しいという願いから「一枚物のタグ」として製造しています。

 

 

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