マレー作戦1941 航空戦力の全貌——北海道・朝鮮・鹿児島から来た雷撃隊が「不沈艦」を沈めた

「航行中の戦艦は航空機では沈められない」——1941年12月10日、その常識が覆された。北海道・朝鮮半島・鹿児島から赤道直下のサイゴンへ密かに集結した85機の陸上攻撃機が、英最新鋭戦艦プリンス・オブ・ウェールズとレパルスを撃沈。「戦艦の時代」の終焉を告げた瞬間の全貌。

1941年12月10日午後、マレー半島東方の南シナ海。「不沈艦」と呼ばれたイギリス海軍の最新鋭戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」が、海面すれすれを飛ぶ双発機から放たれた魚雷を受け、傾き始めた。この瞬間、「航行中の戦艦は航空機では沈められない」という第一次世界大戦以来の常識が覆された。北海道・北朝鮮・鹿児島——極端に出自の違う三つの航空隊が、赤道直下のサイゴンで密かに集結していた。

IJN/IJA · MALAYA AIR OPERATION · 1941 マレー作戦 航空戦力総覧
海軍・第22航空戦隊
陸上攻撃機 85機
仏印(サイゴン近郊)基地発進・英艦隊撃滅
陸軍・第3飛行集団
約350〜400機
仏印→タイ→マレー前進基地・地上戦支援
マレー沖海戦(12月10日)
英戦艦2隻撃沈
世界初・航行中戦艦の航空撃沈
制空権確保
開戦数日で達成
RAF地上撃破・隼がバッファローを圧倒
マレー作戦・航空戦力展開図
仏印サイゴン基地から発進した海軍陸攻隊がマレー沖で英艦隊を撃滅。陸軍機は地上進撃を上空から支援した。©猫工艦

海軍と陸軍——二つの航空戦力の役割分担

マレー作戦における航空戦力は、まったく異なる任務を持つ二つの部隊で構成されていた。

⚓ 海軍・第22航空戦隊
任務:英東洋艦隊の撃滅
基地:仏印サイゴン近郊
兵器:陸上攻撃機(陸攻)
成果:戦艦2隻撃沈(世界初)
✈ 陸軍・第3飛行集団
任務:地上部隊の制空支援
基地:仏印→タイ→マレー前進
兵器:一式戦「隼」・爆撃機
成果:RAF壊滅・完全制空権確保

海軍・第22航空戦隊——北海道・朝鮮・鹿児島からサイゴンへ

マレー沖海戦で英艦隊を撃滅した第22航空戦隊は、三つの海軍航空隊で構成されていた。その出身地の組み合わせが、この作戦準備の秘密性を物語っている。

出撃基地
ツドゥム基地(サイゴン近郊)/ソクチャン基地(メコンデルタ方面)
司令官:松永貞市 少将(第22航空戦隊司令官)

① 元山海軍航空隊——朝鮮半島から来た歴戦の雷撃隊

編成地朝鮮半島・元山(現在の北朝鮮)
指揮官前田孝成 大佐
装備機種九六式陸上攻撃機
戦力26機(雷撃機)+爆撃機・索敵機
特記事項日中戦争から活躍する歴戦部隊。プリンス・オブ・ウェールズへの最初の魚雷命中(左舷後部・スクリュー付近)を奪い致命傷を与えた

② 美幌海軍航空隊——北海道から赤道直下へ

編成地北海道・網走郡美幌町
指揮官近藤勝治 大佐
装備機種九六式陸上攻撃機
戦力33機(爆撃機・雷撃機)
特記事項北方防備のために創設された部隊が南方作戦のため急遽ベトナムへ進出。高高度水平爆撃とレパルスへの雷撃を担当

③ 鹿屋海軍航空隊——鹿児島の最新鋭機がトドメを刺す

編成地鹿児島県・鹿屋(現・海上自衛隊鹿屋航空基地)
指揮官大橋富士郎 大佐
装備機種一式陸上攻撃機(当時最新鋭)
戦力26機(雷撃機)
特記事項本来は第21航空戦隊(台湾)所属だが威力を買われ作戦直前にサイゴンへ派遣。航続距離と速度に優れる一式陸攻で両艦にトドメの猛烈な雷撃を浴びせた

主力兵器——九一式航空魚雷と一式陸攻

兵器 スペック 特徴
九一式航空魚雷重量:約800kg浅海でも海底に突き刺さらない木製安定尾翼を採用。低高度・低速投下で高精度を実現
航空爆弾500kg徹甲弾・250kg爆弾水平爆撃用・装甲貫通を目的とした徹甲弾
一式陸上攻撃機最大速度:430km/h
航続距離:6,000km超
当時世界最高水準の航続距離。サイゴンから英艦隊まで往復可能。鹿屋空の主力機

マレー沖海戦——85機が「常識」を覆した12月10日

12月9日午後3時15分。潜水艦「伊65」が英艦隊(プリンス・オブ・ウェールズ・レパルス)を発見し第一報を打電。この情報がサイゴンの第22航空戦隊に届いた。

■ 12月10日 マレー沖海戦 時系列 ■
午前中
計85機(雷撃機51機・水平爆撃機34機)がサイゴン近郊基地を出撃
11時13分
美幌空の爆撃機がレパルスに初弾命中
11時44分
元山空の雷撃機がプリンス・オブ・ウェールズ左舷後部に魚雷命中——致命傷
12時33分
レパルス沈没(魚雷4本・爆弾1発命中)
13時20分
プリンス・オブ・ウェールズ沈没(魚雷6本・爆弾1発命中)フィリップス中将も戦死
世界史上初の快挙
航行中の戦艦を航空機だけで撃沈——これは世界初だった。チャーチル英首相は議会でこう報告した:「イギリス海軍始まって以来の悲しむべき事件が起こった」。「戦艦の時代」の終焉を告げた瞬間でもあった。

陸軍・第3飛行集団——「隼」がマレー上空を制した

海軍が英艦隊を撃滅する一方、陸軍の第3飛行集団(菅原道大中将)は約350〜400機でマレー半島上空の制空権を握った。

飛行第64戦隊(加藤隼戦闘隊)——マレーの空の主役

編成地広東(のちに満州などで訓練)
指揮官加藤建夫 少佐(のちに中佐)
装備機種一式戦闘機「隼(はやぶさ)」
成果英軍F2Aバッファロー戦闘機を次々撃墜・完全制空権確保。長大な航続距離で遠方前線まで爆撃機を護衛

爆撃機部隊——開戦劈頭に英軍飛行場を壊滅

九九式双発軽爆撃機・九七式重爆撃機が、アロルスター・クアンタンなどのイギリス軍飛行場を開戦直後に猛爆撃。地上で多数の敵機を破壊し、RAFの反撃能力を早期に奪った。その後、陸軍の進撃に伴い占領したばかりの敵飛行場へ次々と前進配備——進撃する地上部隊と航空部隊が車輪の両輪のように機能した。

出自の多様性——この集結が語ること

海軍だけを見ても、北海道(美幌)・朝鮮半島(元山)・鹿児島(鹿屋)という極端に気候も文化も異なる三つの基地から、精鋭の飛行機乗りたちが赤道直下のサイゴンへ密かに集結させられていた。

🏔
美幌航空隊
北海道・美幌
北方防備部隊が南方へ
元山航空隊
朝鮮半島・元山
日中戦争の歴戦部隊
鹿屋航空隊
鹿児島・鹿屋
最新鋭一式陸攻装備
↓ すべてサイゴン近郊基地へ極秘集結 ↓

猫工艦の考察:空が変えた戦争の常識

マレー沖海戦が示したものは単なる「戦艦2隻の喪失」ではなかった。「航行中の戦艦は航空機では沈められない」という第一次世界大戦以来の常識の崩壊——これは全世界の海軍戦略を根底から覆した。

興味深いのは、この歴史的快挙を成し遂げたのが航空母艦の艦載機ではなく、陸上基地から発進した陸攻部隊だったことだ。北海道の雪原で訓練した搭乗員が、鹿児島の青空で腕を磨いた搭乗員と肩を並べ、赤道直下のサイゴンから出撃した——この人的集結もまた、「郷土部隊」という視点から見れば、日本全国を動員した総力戦の姿だった。

そして制空権を握った「隼」の活躍なくして、山下奉文の地上電撃戦も成立しなかった。海軍と陸軍、艦艇と航空機、海上と陸上——すべての要素が噛み合った時、70日でシンガポールは陥落した。

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参考:防衛省防衛研究所戦史叢書「マレー作戦」「マレー沖海戦」、JACAR(アジア歴史資料センター)、Wikipedia「第22航空戦隊」「元山海軍航空隊」「美幌海軍航空隊」「鹿屋海軍航空隊」「飛行第64戦隊」ほか

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