日本海軍特Ⅲ型駆逐艦「響」——3度の甚大な損傷を蒙りながら決して沈まなかった「不沈艦」。 終戦後はソ連海軍へ渡り「ヴェールヌイ(信頼できる者)」の名を授かった、 特型駆逐艦24隻が語る戦争と不死鳥の伝説。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 艦名 | 響(ひびき) |
| 艦型 | 吹雪型駆逐艦(特型・特Ⅲ型) |
| 建造所 | 舞鶴海軍工廠 |
| 起工 | 1930年2月21日 |
| 進水 | 1932年6月16日 |
| 就役 | 1933年3月31日 |
| 全長 | 約118.5メートル |
| 全幅 | 約10.4メートル |
| 吃水 | 3.2 m |
| 基準排水量 | 1,980トン |
| 公試排水量 | 2,050トン |
| 機関 | カンペン式重油専焼水管ボイラー4基 艦本式ギアードタービン2基2軸 |
| 出力 | 50,000馬力 |
| 速力 | 最大38ノット(約70.4 km/h) |
| 航続距離 | 5,000海里(14ノット時) |
| 主砲(竣工時) | 50口径12.7cm連装砲 3基6門(B型改2・仰角75°) |
| 対空機銃(竣工時) | 13mm連装機銃 2基 |
| 魚雷発射管(竣工時) | 61cm三連装魚雷発射管 3基9門 |
| 爆雷 | 18個 |
| 乗員 | 約250名 |
| 特徴 | 特Ⅲ型(暁型)の改良点:砲塔仰角75°(対空射撃能力強化)・艦橋構造の大型化・前部煙突細径化(ボイラー4基→3基) |
「響」は、吹雪型駆逐艦(特型駆逐艦)の22番艦であり、特Ⅲ型(暁型)の2番艦として建造された。吹雪型駆逐艦の特徴である高性能な機関と強力な武装を備え、当時の世界の駆逐艦の中でもトップクラスの性能を持っていた。特に、特Ⅲ型(暁型)は、吹雪型の改良型として、砲塔の仰角を75度に向上させ対空射撃能力を強化した点が特徴だ。
「響」は1933年の竣工から1945年の終戦まで、数々の戦場で活躍し、3度の甚大な損傷を受けながらも沈没せず、終戦まで生き残った。以下に、その戦歴を時系列でまとめる。
- 1933年3月31日:舞鶴工作部で竣工し、横須賀鎮守府籍の第六駆逐隊に編入。姉妹艦「暁」「雷」「電」と共に活動を開始。
- 1934年6月29日:第二水雷戦隊の演習中、済州島南方にて「電」と「深雪」(第11駆逐隊)が衝突。「深雪」が沈没する事故が発生。「響」はこの事故に直接関与しなかったが、第六駆逐隊の訓練環境に影響を与えた。
- 1939年4月17日:ワシントンで客死した前駐米大使・斎藤博の遺骨を運ぶ米重巡洋艦「アストリア」を、「暁」「狭霧」と共に先導。横浜港での引渡し式に参加し、外交任務を遂行。
「響」の艦歴は戦争だけでなく、こうした外交の記憶も刻んでいる。
- 1941年11月29日:第六駆逐隊第1小隊(「暁」「響」)が柱島泊地を出撃。馬公、三亜を経て12月11日にカムラン湾に入港。開戦前日の12月7日夕方、乗員が中国人で占められた英国船を拿捕し、カムラン湾に後送。
- 12月〜:フィリピン攻略作戦のリンガエン湾上陸作戦を支援。第六駆逐隊第2小隊(「雷」「電」)は香港攻略戦に参加したため、この時期は別行動。
- 1942年1月12日〜2月2日:パラオ、ダバオ、マナド、ケンダリ方面で行動。2月5日にダバオを出港し、9日にカムラン湾に到着後、蘭印作戦に備える。
- 2月〜3月:ジャワ作戦の船団護衛、バタビヤ沖海戦、フィリピン方面の哨戒任務に従事。3月19日にスービック湾を出発し、志布志湾経由で4月3日に横須賀に帰投。4月6日〜11日は浦賀船渠で整備。
- 5月20日:北方部隊に編入。「暁」「響」は戦艦「武蔵」を護衛し長崎から呉へ移動。
6月12日:キスカ島で米海軍のPBYカタリナ飛行艇の攻撃を受け損傷。爆弾1発が右舷艦首外板を貫通し錨鎖庫で爆発、前部主砲周辺まで浸水——沈没寸前。3時間の決死の応急修理で浸水を停止。しかし前進不可、砲の発射も衝撃で再浸水のリスクがあり不可。
「暁」に艦尾から曳航され、後進5ノットでキスカを発つ。6月15日未明、損傷で「舌状に突き出ていた」艦首が波浪によりたたかれて90度に折れ曲がり垂れ下がった。ワイヤーで固縛後後退を再開し、6月27日に大湊に帰投。
大湊ではポンポン船に似た仮艦首が取り付けられ、横須賀へ回航。横須賀海軍工廠で新艦首を建造・取り付ける工事が7月〜10月に行われた。
この長期修理中に「暁」「雷」「電」は南方のソロモン海域へ向かい、「暁」は1942年11月13日の第三次ソロモン海戦で帰らなかった。「響」は修理ドックで姉の散華を聞くことになった。
- 11月〜1943年4月:軽空母「大鷹」「雲鷹」の護衛として、横須賀とトラック間を複数往復。1943年1月の修理で艦橋前に13mm連装機銃を追加装備。
- 1943年4月1日:新編成の第十一水雷戦隊に編入。
- 5月12日:アッツ島の戦い開始に伴い、北方部隊に編入。千島方面の対潜掃蕩に従事。
- 6月29日〜7月5日:電波探知機(逆探)と大発動艇搭載装置を装備。
この時期、「雷」(1944年4月)と「電」(1944年5月)が相次いで潜水艦の雷撃で撃沈され、第六駆逐隊で残るのは「響」ただ一隻となった。
第1次作戦(7月7日):キスカ島撤退作戦に参加するが、霧が晴れたため中止。7月18日に幌筵島に帰投。
第2次作戦(7月22日〜29日):突貫工事で燃料ドラム缶約100本を搭載し、偽装煙突を設置。霧に乗じてキスカ島に接近成功。「響」は418名の将兵を収容して幌筵島に帰投。作戦全体では損失なく5,183名を撤退させることに成功。この作戦は「奇跡の撤退」と称された。
1年前に自分が傷ついた戦場で、今度は「響」が人を救った。
- 1944年:トラックやラバウルへの船団護衛、石油タンカー護衛任務に従事。12月21日には魚雷攻撃を受けたタンカー「照川丸」の生存者を救助。
- 1944年4月:呉海軍工廠で修理。二番砲塔を撤去し、25mm連装機銃2基と単装機銃2基を増備。対空火力を強化。
- 1944年9月5日(高雄沖):台湾・高雄沖で機雷に触雷し大破。修理中に艦内で赤痢が蔓延。修理完了は1945年1月20日頃。この修理によりレイテ沖海戦(1944年10月)への参加を免れた。
1945年1月25日:第七駆逐隊(「霞」「潮」「響」)に編入。天一号作戦(沖縄水上特攻・菊水作戦)の護衛艦として編成に組み込まれた。
1945年4月6日:周防灘を航行中、触雷により艦体に大きな歪みと重油タンク破損。航行不能となり、僚艦「朝霜」に護衛され呉に帰投。この事故により、坊ノ岬沖海戦(菊水作戦)への参加を免れた。修理は呉海軍工廠の福井静夫が指揮。
4月7日(坊ノ岬沖):戦艦「大和」、軽巡「矢矧」、「磯風」「浜風」ら相次いで沈没。帰還できたのは「雪風」ら4隻のみ。「響」は機雷触雷の修理中で出撃せず。三度目の損傷が、三度目の命を救った。
- 5月5日:第七駆逐隊解隊。「響」は警備駆逐艦に指定され、第一海上護衛艦隊第一〇五戦隊に編入。
- 5月16日〜7月1日:呉から舞鶴、七尾湾を経て新潟港へ回航。防空砲台として使用され、機雷掃海訓練や疎開作業にも従事。
- 1945年8月15日(終戦当日):米軍機との対空戦闘で25mm機銃を発射。特型全24隻のうち、終戦時に航行可能な状態で残ったのは「潮」(Ⅱ型)と「響」のみだった。
終戦後、除籍され特別輸送艦(復員艦)として14回、かつての戦地と日本の間を往復し、帰国を待つ将兵・引揚者を本土へ送り届けた。
- 1947年4月5日:ソ連に賠償艦として引き渡され、ソ連海軍へ。
- 引き渡し時:残留乗員がソ連側乗員に操作法を指導したが、機関関係についてはソ連側乗員に蒸気タービンに関する知識が少なく、指導に対してただ驚くばかりで自分たちで動かそうともしなかったという。
- 1947年7月22日:ウラジオストクへ回航後、「ヴェールヌイ(Верный)」と改称。ロシア語で「真実の、信頼できる」の意。
- 武装をソ連製に換装(130mm砲6門、25mm砲7門、12.7mm機銃4〜6挺、533mm魚雷発射管6門)。
- 後に「デカブリスト(Декабрист)」と改名され練習艦への改装計画が持ち上がるも、費用不足・造船所の能力不足で断念。
- 1953年:老朽化を理由に除籍。
- 1970年代:海軍航空部隊の標的艦として処分。ウラジオストク沖カラムジナ島岸に沈没。2010年代の調査でその場所が判明。現在はダイビングツアーも行われている。
「響」は、日本海軍の特型駆逐艦として、技術的先進性と戦場での驚異的な生存力を体現した艦だった。竣工から終戦まで、南方から北方まで広範な戦域で活躍し、戦後はソ連海軍での第二の生涯を歩んだその歴史は、まさに「不死鳥」の名にふさわしい。現代でも、ゲームなどで愛され、進水日にはファンがその活躍を祝う投稿を行うなど、その名は語り継がれている。
今後も「響」の物語は、歴史愛好家や海軍史研究者の心を掴み続けるだろう。
「3度の甚大な損傷を蒙りながら沈没せず、終戦まで生き残った。
不沈艦、不死鳥、戦争を生きのびる運命の艦——
それが『響』の残した真実の物語である」
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