白露型駆逐艦の全解説——『抜群ノ功績』夕立の突入と、幸運艦・時雨の孤独な生還

「混乱の激しさは海戦史上その例を見ないもの」——ニミッツ大将が評した夜戦の張本人は、一隻の駆逐艦「夕立」だった。日本初4連装魚雷を搭載した白露型駆逐艦10隻の全艦歴と伝説を徹底解説。

特型駆逐艦Ⅲ型(暁型)の全解説——「海の武士道」と第六駆逐隊・4隻の伝説

「おい、助けてやれよ」——たった一言が、敵兵422名の命を救った。1932年竣工・特型駆逐艦Ⅲ型(暁型)第六駆逐隊4隻の全艦歴と、海の武士道・騎士道の物語を徹底解説。

蘭印作戦1942——H作戦・石油を巡る帝国の闘い:タラカンからジャワ島降伏まで全記録

石油なき帝国は動けない——1942年1月11日、蘭印作戦が発動された。タラカン・メナド・バリクパパン・アンボン・パレンバン・バリ島・スラバヤ沖・ジャワ島。8つの作戦と海戦を参加艦隊・艦名・時系列で克明に記録した完全版。

スラバヤ沖海戦1942——「我に続け!」ドールマン少将とABDA艦隊の落日

「Ik val aan, volg mij!——我、攻撃す。全艦我に続け!」1942年2月27日深夜、弾薬も燃料も尽きかけたドールマン少将は4隻の残存艦を率いて日本艦隊へ突入した。重巡「那智」「羽黒」の九三式酸素魚雷がABDA艦隊を壊滅させたH作戦の決戦を克明に記録。

南方作戦1941——E・M・H・Z:アルファベット一文字に込められた広域侵攻計画の全貌

たった一文字のアルファベットが、英領マレー・米領フィリピン・蘭印・香港・グアムを意味していた。1941年の南方作戦陸海軍中央協定に記されたE・M・H・C・G・R・B・Z——その命名規則と段階的パズル構造を一次資料から読み解く。

三亜(楡林)——日本海軍南方作戦の前進基地:マレー作戦出撃地の全貌

1941年12月4日、海南島南端の三亜(楡林港)から日本海軍の大艦隊が出撃した。重巡「鳥海」を旗艦とする馬来部隊・輸送船18隻——マレー作戦の幕を開けたこの港の正体とは。楡林港・三亜航空基地・海南警備府の全貌を一挙解説。