吹雪型駆逐艦 夕霧——電気溶接の艦・諸元と全戦歴

吹雪型 · 14番艦(特II型・霧級4番艦) · 第20駆逐隊→第11駆逐隊
YUUGIRI 駆逐艦 夕霧
電気溶接で生まれ、幾度の危機を越えた霧級最終艦

1930年竣工、吹雪型(特型)駆逐艦14番艦。日本海軍が初期に電気溶接を本格採用した艦のひとつ。第四艦隊事件での艦首切断、ガダルカナル輸送中の被弾、米潜水艦の雷撃——幾度もの危機を越えながら、1943年11月、セント・ジョージ岬沖海戦で戦没した。

諸元データ
竣工時兵装基準・サマリー
艦型
吹雪型14番艦
建造所
舞鶴工作部
基準排水量
1,700t
最大速力
34.0kt
主砲
12.7cm連装砲×3基6門
魚雷兵装
61cm3連装発射管×3基
9射線
艦名夕霧(ゆうぎり)
艦型・番艦吹雪型(特型)駆逐艦 14番艦(特II型・霧級4番艦)
艦名の由来東雲型駆逐艦「夕霧」に続き2隻目
建造所舞鶴工作部
起工日1929年(昭和4年)4月1日
進水日1930年(昭和5年)5月12日
竣工日1930年(昭和5年)12月3日
除籍日1943年(昭和18年)12月15日
特記事項①日本海軍において電気溶接を採用した最初期の艦艇。前部船体の約3分の1(リベット約30万本分相当)を電気溶接で建造
主砲50口径三年式12.7cm連装砲:3基6門
魚雷発射管61cm3連装水上発射管:3基(計9射線)
機銃13mm単装機銃:2挺
所属駆逐隊履歴第8駆逐隊(天霧・朝霧・夕霧、1930年)→霧級4隻(+狭霧、1931年)→第20駆逐隊(1939年11月改称)→第八艦隊編入(1943年1月)→第11駆逐隊(1943年2月25日)
主要艦長履歴神山徳平中佐/大森仙太郎中佐/久宗米次郎中佐/成田忠良中佐/小川莚喜少佐/小西要人中佐/清水利夫中佐/山田勇助中佐/福岡徳治郎中佐/隈部伝少佐/本倉正義少佐(1941年4月〜)/前川二三郎少佐(1942年9月〜)/尾辻秀一少佐(1943年10月25日〜11月25日戦死)
特記事項②1935年9月26日、第四艦隊事件で艦首切断の損傷(友鶴事件と並ぶ日本艦船設計史の転換点)
特記事項③1942年8月28日、姉妹艦朝霧轟沈の同空襲で被弾・損傷(第20駆逐隊司令戦死)。生還
特記事項④1943年5月16日、米潜水艦グレイバックの雷撃で艦首切断。戦死9名
最終結末1943年11月25日、セント・ジョージ岬沖海戦で米駆逐艦5隻の集中砲火を受け沈没。乗員278名を伊177潜水艦、11名を伊181潜水艦が救助
■ 吹雪型(特型)駆逐艦・霧級について
ワシントン海軍軍縮条約による主力艦保有制限の中、補助艦艇の戦力強化を目的に建造された一等駆逐艦。凌波性能を追求した船形、密閉式艦橋による居住性改善、重武装(12.7cm連装砲3基、61cm魚雷9射線)により、当時の列強海軍に衝撃を与えた。全24隻のうち4隻ごとに「雪級」「雲級」「波級」「霧級」と通称され、夕霧は天霧・朝霧・狭霧と共に「霧級」最終艦(4番艦)として竣工した。
全戦歴タイムライン
竣工から戦没・除籍まで
1928年12月11日 — 命名
「夕霧」と命名、吹雪型に類別
  • 1929年4月1日、舞鶴工作部で起工。電気溶接を採用した最初期の艦艇となる。
1930年5月12日 — 進水、12月3日 竣工
第8駆逐隊(天霧・朝霧・夕霧)編入
  • 進水時、牡蠣の付着を防止する新式塗料を使用。
  • 1931年1月31日、「狭霧」が第8駆逐隊に編入され、霧級4隻が揃う。
1932年 — 第一次上海事変
長江水域の作戦に参加
  • 5月19日、狭霧が新編の第10駆逐隊に転出。第8駆逐隊は霧級3隻(天霧・朝霧・夕霧)に。
1935年9月26日 — 第四艦隊事件
台風による艦首切断
  • 三陸沖演習中、連合艦隊が台風に遭遇。「夕霧」と「初雪」が艦首切断の損傷を受けた。
  • 艦長は「国会議事堂のような大きさの三角波」と報告。大湊工作部で応急修理後、舞鶴工作部で本格修理。
  • 10月24日、夕霧は第8駆逐隊から除かれる。横須賀鎮守府に犠牲者36名の記念碑が建立された。
1936年12月1日
第8駆逐隊に復帰
  • 1937年以降、日中戦争の上海・杭州湾上陸作戦、華南沿岸での諸作戦、北部仏印進駐に参加。
1939年11月1日 — 改称
第8駆逐隊が「第20駆逐隊」に改称
  • 朝潮型4隻の第25駆逐隊が新「第8駆逐隊」となり、吹雪型・霧級3隻(朝霧・夕霧・天霧)は「第20駆逐隊」に改称。
1940年5月〜9月
第三水雷戦隊編入、狭霧再編入
  • 8月1日、狭霧が再編入され、霧級4隻(朝霧・夕霧・天霧・狭霧)に。9月、北部仏印進駐の輸送船団護衛。
1941年1月19日
軽巡「北上」と衝突
  • 土佐沖で演習中に衝突。2隻とも損傷は軽微。
1941年12月 — マレー作戦
太平洋戦争開戦、馬来部隊として従事
  • 小沢治三郎中将指揮の馬来部隊に所属、マレー作戦に従事。
1941年12月24日
姉妹艦狭霧、撃沈される
  • クチンで輸送船団を護衛していた狭霧が、オランダ潜水艦K XVIに撃沈された。第20駆逐隊は天霧・朝霧・夕霧の3隻に。
1942年1月27日 — エンダウ夜戦
英駆逐艦サネット撃沈に貢献
  • エンダウ泊地を襲撃した英駆逐艦サネット・ヴァンパイアに対し、三水戦が反撃。サネットは沈没、ヴァンパイアは損傷して退避。
1942年3月〜4月
白雲編入、ベンガル湾通商破壊作戦
  • 3月10日、第12駆逐隊解隊にともない白雲が編入。第20駆逐隊は4隻(夕霧・朝霧・天霧・白雲)に。
  • 4月3日、ポートブレア停泊中に空襲を受け至近弾で若干損傷(戦闘航海に影響なし)。
  • 4月6日、中央隊(鳥海・由良・龍驤・夕霧・朝霧)として行動、由良の商船3隻撃沈を支援
1942年5月〜6月 — ミッドウェー作戦
戦艦部隊(警戒部隊)護衛
  • 山本五十六大将・高須四郎中将の戦艦部隊を護衛。海戦敗北後、内地に帰投し奄美大島・沖縄方面で対潜掃蕩。
1942年7月〜8月初旬
インド洋通商破壊「B作戦」、中止
  • B作戦のためメルギーに進出するが、8月7日のガダルカナル島の戦い開始で中止。トラック泊地へ進出。
1942年8月28日 — ガダルカナル輸送中の空襲
姉妹艦朝霧轟沈、夕霧も被弾
  • 川口支隊将兵約600名を分乗させガダルカナル島へ向かう途上、サンタイサベル島付近でSBD急降下爆撃機11機の空襲を受ける。
  • 「朝霧」轟沈。「白雲」航行不能。「夕霧」も至近弾で機関部・上部構造物損傷、最大速力28ノットに低下。
  • 第20駆逐隊司令・山田雄二大佐を含め32名戦死、重軽傷40名。「陽炎」が救援、8月30日ショートランドへ帰着。
  • 10月1日、第20駆逐隊解隊。夕霧・白雲は呉鎮守府警備駆逐艦に。
1943年1月〜2月
ケ号作戦支援、第11駆逐隊編入
  • 1月16日、第八艦隊に編入。ケ号作戦(ガダルカナル撤収)に従事。
  • 2月9日、衝突事故で損傷した「江風」を水雷艇「鴻」と共に救援、ショートランドへ護衛。
  • 2月25日、天霧と共に第11駆逐隊に編入(白雪・初雪・天霧・夕霧で定数4隻回復)。
1943年3月3日
僚艦白雪、ビスマルク海海戦で沈没
  • 4月1日付で白雪が除籍され、第11駆逐隊は3隻に。第三水雷戦隊は正式に第八艦隊隷下となる。
1943年5月16日
米潜水艦グレイバックの雷撃で艦首切断
  • ムッソウ島沖(カビエン北西12浬)で雷撃を受け、艦首部切断。戦死者9名。
  • 「天霧」に曳航されラバウルへ。トラック泊地で応急修理、8月から呉海軍工廠で本格修理。
1943年7月中旬
僚艦初雪、空襲で沈没
  • 第11駆逐隊の「初雪」がショートランド泊地で沈没。健在の第11駆逐隊所属艦は「天霧」のみとなる。
1943年11月9〜18日
修理完了、ラバウル進出
  • 呉出撃、サイパン・トラックを経由して11月18日にラバウル到着。ブカ島輸送任務に従事。
1943年11月21-22日
第一次ブカ島輸送作戦
  • 第31駆逐隊司令・香川清登大佐指揮、警戒隊(大波・巻波)と輸送隊(天霧・夕霧・卯月)の5隻で実施。成功し帰投。
1943年11月24-25日 — セント・ジョージ岬沖海戦
第二次ブカ島輸送、帰途で戦没
  • 同編成で第二次ブカ島輸送を実施、成功。帰途、アーレイ・バーク大佐指揮下の米駆逐艦5隻に襲撃される。
  • 警戒隊「大波」「巻波」が被雷・被弾し沈没。夕霧は魚雷9本を発射したが命中せず、米駆逐隊の集中砲火を浴び11月25日午前1時30分頃沈没。
  • 司令駆逐艦「天霧」と「卯月」はラバウルへ帰投。
  • 伊177潜水艦が夕霧乗員・便乗者278名を救助、伊181潜水艦が11名を救助。
1943年12月15日 — 除籍
帝国駆逐艦籍・吹雪型駆逐艦から除籍
  • 同日、第11駆逐隊も解隊。ブーゲンビル・ブカ島方面への駆逐艦輸送はこの敗戦をもって打ち切られた。
まとめ
電気溶接の艦、幾度の危機を越えた末の最期
吹雪型14番艦・夕霧は、日本海軍が電気溶接を初めて本格採用した艦のひとつであり、その艦歴は度重なる危機との隣り合わせだった。1935年の第四艦隊事件で艦首を失い、1942年8月には姉妹艦「朝霧」の轟沈を目の前で見ながら自身も被弾し、1943年5月には米潜水艦の雷撃で再び艦首を切断された。

それでも夕霧は、そのたびに修理を受け、戦線へ戻り続けた。しかし1943年11月、セント・ジョージ岬沖海戦では、自ら発射した魚雷9本がすべて命中せず、最後は米軍のレーダー射撃によって集中砲火を浴びた。電気溶接という新技術への挑戦から始まった艦の歴史は、当時の最新技術であるレーダーによって終わりを迎えた。

幾度も生き延びた末に訪れる最期——それが、夕霧という艦が残した記録の本質である。

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▼ 関連記事

■ 参考文献・資料

  • ・防衛省防衛研究所 戦史叢書14『ガダルカナル島・ソロモン諸島方面陸軍作戦』朝雲新聞社、1968年
  • ・防衛省防衛研究所 戦史叢書83『南東方面海軍作戦(1)』朝雲新聞社、1975年
  • ・防衛省防衛研究所 戦史叢書96『南東方面海軍作戦(3)』朝雲新聞社、1976年
  • ・防衛省防衛研究所 戦史叢書26『蘭印・ベンガル湾方面海軍進攻作戦』朝雲新聞社、1969年
  • ・アジア歴史資料センター(JACAR)各艦公文備考
  • ・外山操『艦長たちの軍艦史』光人社、2005年
  • ・福井静夫『日本駆逐艦物語』光人社NF文庫、1993年
  • ・木俣滋郎『日本軽巡戦史』図書出版社、1989年
  • ・雑誌「丸」編集部『陽炎型(光人社)』潮書房光人社、2014年
  • ・古波蔵保好『航跡』、1996年
  • ・Wikipedia「夕霧 (吹雪型駆逐艦)」
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