吹雪型 · 3番艦(雪級3番艦・初雪型ネームシップ) · 第11駆逐隊
HATSUYUKI 駆逐艦 初雪
自らも傷つきながら513名を救った艦
1929年竣工、吹雪型(特型)駆逐艦3番艦。「吹雪」「白雪」「深雪」と第11駆逐隊を編制。サボ島沖海戦では被弾しながら重巡「古鷹」生存者513名を救助、ビスマルク海海戦後にも輸送船団生存者の多くを救助した。1943年7月、ブインでの大空襲を受け浸水沈没した。
SPECIFICATIONS
諸元データ
竣工時兵装基準・サマリー
艦型
吹雪型3番艦
建造所
舞鶴工作部
基準排水量
1,700t
最大速力
34.0kt
主砲
12.7cm連装砲×3基6門
魚雷兵装
61cm3連装発射管×3基
9射線
9射線
| 艦名 | 初雪(はつゆき) |
| 艦型・番艦 | 吹雪型(特型)駆逐艦 3番艦(雪級3番艦、吹雪・白雪沈没後は初雪型駆逐艦ネームシップ) |
| 艦名の由来 | 神風型駆逐艦(初代)「初雪」に続き2隻目 |
| 仮称艦名 | 第三十七号駆逐艦 |
| 建造所 | 舞鶴工作部 |
| 起工日 | 1927年(昭和2年)4月12日 |
| 進水日 | 1928年(昭和3年)9月29日 |
| 竣工日 | 1929年(昭和4年)3月30日(改称1928年8月1日) |
| 除籍日 | 1943年(昭和18年)10月15日 |
| 類別 | 一等駆逐艦 |
| 全長 | 113.2m(艦船要目公表値、雪級標準値) |
| 全幅 | 10.3m(艦船要目公表値、雪級標準値) |
| 吃水 | 2.97m(平均吃水、雪級標準値) |
| 機関 | 艦本式タービン2基2軸、艦本式重油専焼缶4基、出力50,000馬力(特I型標準値) |
| 速力 | 34.0kt(艦船要目公表値、計画38.0kt) |
| 航続距離 | 4,500海里/14kt(特I型標準値) |
| 乗員 | 約219〜226名(特I型標準値) |
| 主砲 | 12.7cm砲:6門(A型、仰角40度、連装3基) |
| 魚雷発射管 | 61cm3連装水上発射管:3基(計9射線) |
| 所属駆逐隊履歴 | 第11駆逐隊(吹雪・白雪・初雪・深雪、1929年)→3隻編制(深雪喪失後、1934年)→4隻編制(叢雲編入、1942年3月)→4隻編制(天霧・夕霧編入、1943年2月) |
| 主要艦長履歴 | 石橋三郎中佐/福原一郎中佐/河原金之輔中佐/(兼)直塚八郎中佐/(兼)金桝義夫少佐/(兼)中原達平中佐/山口次平中佐/久宗米次郎中佐/(兼)杉本道雄中佐/有田貢少佐/(兼)小川莚喜少佐/島居威美少佐/広瀬貞年中佐/一門善記少佐/山隈和喜人中佐/岩橋透少佐/神浦純也少佐(1941年8月20日〜)/山口達也少佐(1942年5月12日〜)/杉原与四郎少佐(1943年5月30日〜戦没時) |
| 特記事項① | 1935年9月、第四艦隊事件で姉妹艦夕霧の救援中に自らも艦首切断(行方不明24名) |
| 特記事項② | 1942年10月11日、サボ島沖海戦で被弾しながら重巡「古鷹」生存者513名を救助 |
| 特記事項③ | 1943年3月、ビスマルク海海戦後の救援で輸送船団生存者2700名のうち多数を救助・ラバウルへ送還 |
| 特記事項④ | 吹雪・白雪沈没後、『初雪型駆逐艦』のネームシップとなる(1943年4月1日改定) |
| 最終結末 | 1943年7月17日朝、ブインで大型爆撃機19機・戦爆約150機の大空襲を受ける。至近弾多数・艦橋後部被弾、浸水により水平状態で沈没(浅い水深のためマストは海面上に残った) |
■ 吹雪型(特型)駆逐艦・雪級について
ワシントン海軍軍縮条約による主力艦保有制限の中、補助艦艇の戦力強化を目的に建造された一等駆逐艦。凌波性能を追求した船形、密閉式艦橋による居住性改善、重武装(12.7cm連装砲3基、61cm魚雷9射線)により、当時の列強海軍に衝撃を与えた。初雪は吹雪・白雪・深雪と共に「雪級」(初期建造艦)を構成し、後に吹雪・白雪の沈没によって『初雪型駆逐艦』のネームシップとなった。
ワシントン海軍軍縮条約による主力艦保有制限の中、補助艦艇の戦力強化を目的に建造された一等駆逐艦。凌波性能を追求した船形、密閉式艦橋による居住性改善、重武装(12.7cm連装砲3基、61cm魚雷9射線)により、当時の列強海軍に衝撃を与えた。初雪は吹雪・白雪・深雪と共に「雪級」(初期建造艦)を構成し、後に吹雪・白雪の沈没によって『初雪型駆逐艦』のネームシップとなった。
FULL TIMELINE
全戦歴タイムライン
竣工から戦没・除籍まで
1927年4月12日 — 起工
舞鶴工作部で起工、第三十七号駆逐艦と命名
1934年(昭和9年)
姉妹艦深雪、衝突事故で喪失
- 演習中、駆逐艦「電」との衝突事故により深雪が沈没。第11駆逐隊は3隻編制となる。
1935年9月26日 — 第四艦隊事件
夕霧救援中に自らも艦首切断
- 三陸沖演習中、台風により「夕霧」が艦首切断(行方不明27名)。救援に向かった初雪自身も艦首切断、行方不明24名。
- 初雪は「薄雲」護衛の下、重巡「羽黒」に曳航され大湊へ向かう(夕霧は天霧護衛の下、大井に曳航)。
1936年末〜1937年
吹雪復帰、日中戦争に従事
- 編制変更で吹雪が第11駆逐隊に復帰。上海上陸、杭州湾上陸、北部仏印進駐作戦に参加。
1939年〜1940年
有賀幸作中佐司令着任、北部仏印進駐
- 有賀幸作中佐(後の戦艦大和最後の艦長)着任。第二航空戦隊(蒼龍・飛龍)編制。1940年8月、飛龍・初雪・白雪が北部仏印進駐に投入される。
1942年1月27日 — エンドウ沖海戦
英駆逐艦サネット撃沈に貢献
1942年3月1日 — バタビア沖海戦
蘭印作戦の最前線に参加
- 南方侵攻作戦、蘭印作戦の一環として参加。3月10日、叢雲が第11駆逐隊に編入、4隻体制に増強。
1942年4月〜7月
ベンガル湾機動作戦、ミッドウェー海戦、B作戦
- ベンガル湾機動作戦、ミッドウェー海戦(連合艦隊主力部隊護衛)、インド洋方面通商破壊作戦(B作戦)に参加。8月7日のガダルカナル島の戦い開始でB作戦中止。
1942年8月31日〜9月4日
川口支隊揚陸、ルンガ泊地で米駆逐艦2隻撃沈
1942年9月7日〜10月1日
輸送任務継続、舵故障
1942年10月以降
挺身輸送隊(蟻輸送)編入
- 初雪は綾波と交代する形で挺身輸送隊(ショートランド〜ニュージョージア経由の蟻輸送)に編入。ニュージョージア島周辺の基地調査、天霧と共に大発動艇曳航・物資輸送に従事。
1942年10月11日 — サボ島沖海戦
被弾しながら古鷹生存者513名を救助
- 第六戦隊(青葉・古鷹・衣笠)と第11駆逐隊第2小隊(初雪・吹雪)がヘンダーソン飛行場砲撃に出撃、米艦隊の奇襲を受ける。
- 五藤司令官戦死、吹雪轟沈、古鷹航行不能、青葉大破。初雪は衣笠と行動を共にして砲撃、前部水線上に被弾し最大速力24ノットに低下。
- 衣笠の下令で航行不能の古鷹救援に向かい、傾斜のため横付けできず沈没後に救助作業開始。古鷹生存者513名(准士官以上33名、下士官兵傭人480名)を救助、短艇・円材を残し離脱。
- 同日付で『吹雪型駆逐艦』は『白雪型駆逐艦』に改定。
1942年11月2-5日
輸送作戦支援、基地撤収
- 11月2日、第三水雷戦隊(衣笠・川内・天霧・初雪)として輸送作戦を支援。初雪・望月によるガ島基地撤収作戦を11月5日に完了。
1942年11月14日 — 第三次ソロモン海戦第二夜戦
直衛隊として米戦艦と交戦
- 近藤信竹第二艦隊司令長官指揮下、直衛隊(長良・五月雨・電・白雪・初雪)として米戦艦ワシントン・サウスダコタ、駆逐艦4隻と交戦。
- 日本側は戦艦霧島・駆逐艦綾波を喪失、米駆逐艦3隻(ウォーク・ベンハム・プレストン)を撃沈。
1942年12月上旬〜1943年2月
飛鷹護衛、丙一号輸送、ケ号作戦
- 雪風と共に空母「飛鷹」を護衛して内地帰投。1943年1月、丙一号輸送(釜山〜ウェワク)に参加。2月、ガダルカナル島撤退作戦(ケ号作戦)で空母隼鷹・瑞鳳の直衛を担当。
1943年2月25日〜3月4日 — ビスマルク海海戦
生存者2700名を救援・送還
1943年6月30日〜7月2日
ニュージョージア島の戦い、魚雷艇2隻撃沈
- 第三水雷戦隊(秋山輝男少将)のレンドバ島突入・米軍輸送船団撃退命令に従い先行隊として進出するが会敵せず。
- 7月2日、突撃隊として米軍上陸部隊砲撃に向かうが米軍魚雷艇と交戦、2隻撃沈してブインへ引き揚げ。
1943年7月5日 — クラ湾夜戦
不発弾2発被弾、司令部全滅を免れる
- コロンバンガラ島全力輸送作戦のため出撃、米艦隊(軽巡3・駆逐艦4)と交戦。「新月」「長月」沈没、新月と共に秋山少将以下第三水雷戦隊司令部が全滅。
- 初雪も砲撃戦を行い不発弾2発を受けたが沈没を免れた。輸送物件の約半分(陸兵1,600名・物資90トン)を揚陸成功。損傷した初雪・望月はラバウルへ後退し応急修理。
- 新司令官着任までの数日間、有賀幸作大佐(かつての第11駆逐隊司令)が増援部隊指揮官を代行。
1943年7月16-17日
ブイン入港、大空襲で被弾
- 新司令官・伊集院松治大佐着任。初雪(第11駆逐隊司令山代大佐座乗)・望月は西村艦隊に先行して16日夕刻ラバウル出撃、17日午前5時ブイン入港。初雪は水無月に横付けして物件・重油移載中だった。
1943年7月17日朝 — 戦没
ブイン大空襲、浸水沈没
- ブインは大型爆撃機19機・戦爆約150機の大空襲を受ける。
- 至近弾多数と艦橋後部附近への被弾を受けた初雪は、浸水により水平状態で沈没(浅い水深のためマストは海面上に残った)。
- 僚艦「皐月」「水無月」も小破、翌日には「望月」も小破。
1943年10月15日 — 除籍
初雪型駆逐艦・第11駆逐隊・帝国駆逐艦籍から除籍
- ネームシップである初雪自身の沈没後も、『初雪型駆逐艦』という名称は改定されずにそのまま用いられ続けた。
SUMMARY
まとめ
自らも傷つきながら、誰かを救い続けた艦
吹雪型3番艦・初雪は、自らも被弾しながら誰かを救う姿勢を一貫して見せた艦である。第四艦隊事件では夕霧救援中に自らも艦首切断という被害を受け、サボ島沖海戦では前部水線上に被弾しながら重巡「古鷹」の生存者513名を救助した。ビスマルク海海戦の後にも、輸送船団生存者2700名のうちの多数を自艦に乗せてラバウルへ送り届けている。
しかし、その救助の精神は艦自身の安全を保証するものではなかった。クラ湾夜戦という激戦をくぐり抜けた直後、1943年7月17日、初雪はブインでの大規模な空襲を受け、浸水によって静かに沈んでいった。劇的な撃沈劇ではなく、制空権を失った戦場で停泊中の艦が力尽きていく現実を、この最期は映している。
初雪が残したものは、513名、2700名のうちの多数という、この艦が救った命の総数そのものである。
しかし、その救助の精神は艦自身の安全を保証するものではなかった。クラ湾夜戦という激戦をくぐり抜けた直後、1943年7月17日、初雪はブインでの大規模な空襲を受け、浸水によって静かに沈んでいった。劇的な撃沈劇ではなく、制空権を失った戦場で停泊中の艦が力尽きていく現実を、この最期は映している。
初雪が残したものは、513名、2700名のうちの多数という、この艦が救った命の総数そのものである。
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被弾しながらも仲間を救い続けた吹雪型3番艦——初雪の物語を、その身に纏う。
「自らも傷つきながら、誰かを救う——初雪、513名を救った駆逐艦」
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■ 参考文献・資料
- ・防衛省防衛研究所 戦史叢書83『南東方面海軍作戦(1)』朝雲新聞社、1975年
- ・防衛省防衛研究所 戦史叢書96『南東方面海軍作戦(3)ガ島撤収後』朝雲新聞社、1976年
- ・防衛省防衛研究所 戦史叢書『中部太平洋方面海軍作戦(2)昭和十七年六月以降』
- ・宇垣纏『戦藻録』原書房、1968年
- ・外山操『艦長たちの軍艦史』光人社、2005年
- ・木俣滋郎『日本水雷戦史』図書出版社、1986年
- ・深井俊之助『私はその場に居た 戦艦「大和」副砲長が語る真実』宝島社、2016年
- ・アジア歴史資料センター(JACAR)各艦公文備考・海軍辞令公報
- ・Wikipedia「初雪 (吹雪型駆逐艦)」