吹雪型駆逐艦 潮——第7駆逐隊で唯一終戦まで残った艦・諸元と全戦歴

吹雪型 · 20番艦(朧型・特II型10番艦) · 第7駆逐隊
USHIO 駆逐艦 
第7駆逐隊で唯一終戦まで残った艦

1931年竣工、吹雪型(特型)駆逐艦20番艦。ミッドウェー島砲撃、米潜水艦パーチ撃沈、珊瑚海海戦と転戦を続け、1944年には姉妹艦「曙」を曳航・擱座させて救い、軽巡「阿武隈」の生存者を救助した。1945年6月、主機損傷により行動不能となり、そのまま終戦を迎えた。

諸元データ
竣工時兵装基準・サマリー
艦型
吹雪型20番艦
建造所
浦賀船渠
基準排水量
1,700t
最大速力
34.0kt
主砲
12.7cm連装砲×3基6門
魚雷兵装
61cm3連装発射管×3基
9射線
艦名(うしお/うしほ)
艦型・番艦吹雪型(特型)駆逐艦 20番艦(朧型・特II型10番艦)
艦名の由来神風型駆逐艦(初代)「」に続き2隻目
建造所浦賀船渠株式会社
起工日1929年(昭和4年)12月24日
進水日1930年(昭和5年)11月17日
竣工日1931年(昭和6年)11月14日
除籍日1945年(昭和20年)9月(予備艦指定は同年6月10日)
類別一等駆逐艦
全長113.2m(艦船要目公表値)
全幅10.3m(艦船要目公表値)
吃水2.97m(平均吃水、艦船要目公表値)
機関艦本式タービン2基2軸、艦本式重油専焼缶4基、出力50,000馬力(特II型標準値)
速力34.0kt(艦船要目公表値)
航続距離4,500海里/14kt(特I・II型標準値)
乗員約219〜226名(特II型標準値)
主砲12.7cm砲:6門(特II型はB型、仰角引き上げ型、連装3基)
魚雷発射管61cm3連装水上発射管:3基(計9射線)
所属駆逐隊履歴第7駆逐隊(1931年編入)→第二艦隊第四水雷戦隊(1940年4月)→第一水雷戦隊(1940年11月)→第一航空艦隊第一航空戦隊(1941年7月)→第五航空戦隊配属(一時、9月)→第五艦隊第一水雷戦隊(1944年1月)→第二水雷戦隊(1945年1月)→第三十一戦隊(1945年4月)
主要艦長履歴武田喜代吾中佐(初代、1931年4月〜)/田中頼三中佐(1931年10月〜、後に第二水雷戦隊司令官)/稲垣義龝中佐/木村進中佐/成田茂一少佐/森可久少佐/大江覧治中佐/柳川正男中佐/矢野寛二少佐/上杉義男少佐(1941年10月〜)/神田武夫中佐(1943年1月〜)/荒木政臣少佐(1943年7月〜)/佐藤文雄少佐(1945年3月30日〜、予備艦指定後も艦長)
特記事項①1941年12月8日、真珠湾攻撃の囮作戦としてミッドウェー島砲撃に参加
特記事項②1942年3月、スラバヤ沖海戦で米潜水艦「パーチ」を撃沈、乗員を捕虜とする
特記事項③1944年10月、レイテ沖海戦で軽巡「阿武隈」生存者を救助
特記事項④1944年11月5日、マニラ湾空襲で大破炎上した姉妹艦「曙」を消火・曳航し浅瀬へ擱座させ救う
最終結末1945年6月10日、主機損傷のため第四予備駆逐艦に指定。行動不能のまま8月15日の終戦を迎える。特型駆逐艦の中で数少ない戦争生存艦のひとつ。1948年解体
■ 吹雪型(特型)駆逐艦・朧型について
ワシントン海軍軍縮条約による主力艦保有制限の中、補助艦艇の戦力強化を目的に建造された一等駆逐艦。凌波性能を追求した船形、密閉式艦橋による居住性改善、重武装(12.7cm連装砲3基、61cm魚雷9射線)により、当時の列強海軍に衝撃を与えた。潮は吹雪型後期型「朧型」8隻(朧・曙・・漣・響・雷・電・暁)の一艦として、浦賀船渠で建造された。
全戦歴タイムライン
竣工から予備艦指定・終戦まで
1929年12月24日 — 起工
浦賀船渠で起工
  • 1930年11月17日進水、1931年11月14日竣工。一等駆逐艦に類別され第7駆逐隊に編入。
1932年(昭和7年) — 第一次上海事変
長江水域の作戦に参加
  • 第7駆逐隊として長江水域での作戦行動に従事。
1937年〜1938年 — 日中戦争
上海・杭州湾上陸作戦、仏印作戦に参加
  • 第7駆逐隊として各作戦に従事。
1940年4月15日
第7駆逐隊4隻体制(・曙・朧・漣)、第四水雷戦隊編入
  • 第六駆逐隊(暁・雷・電・響)と共に第二艦隊・第四水雷戦隊(旗艦那珂)に所属。11月15日、第一水雷戦隊(旗艦阿武隈)に編入。
1941年7月18日
第一航空艦隊・第一航空戦隊編入
  • 南雲忠一中将指揮の第一航空艦隊・第一航空戦隊(空母赤城・加賀)に編入。8月、司令が小西要人大佐に交代。
1941年9月1-25日
漣・朧の一時除籍、太平洋戦争開戦時は3隻編制
  • 9月1日、漣・朧が第7駆逐隊から除籍、第五航空戦隊に編入。第7駆逐隊は一時2隻(・曙)に。9月25日、漣が復帰。
  • 第7駆逐隊は吹雪型3隻(・曙・漣)で太平洋戦争に突入。
1941年12月8日 — ミッドウェー島砲撃
真珠湾攻撃の囮作戦に参加
  • 第7駆逐隊司令駆逐艦として姉妹艦「漣」と共に参加。真珠湾攻撃を行った南雲機動部隊の退避を支援する囮作戦だった。
  • 11月28日館山湾出航、12月8日午後6時40分砲撃開始。潮は12.7センチ砲弾108発を発射。20分ほどで退避。米空母レキシントンは同島まであと1日の距離だった。
  • 給油艦「尻矢」と合流補給後、12月22日呉到着。
1942年2月27日〜3月3日 — スラバヤ沖海戦
米潜水艦パーチを撃沈
  • 輸送船50隻護衛中に連合軍艦隊と遭遇。第二水雷戦隊に臨時編入され2月28日の戦闘に参加(特に戦果なし)。
  • 3月2日午前5時49分、浮上航行中の米潜水艦「パーチ」発見、爆雷攻撃。3月3日午前6時52分、損傷浮上中のパーチを再攻撃。
  • パーチは沈没。潮は乗員を救助し捕虜とした(同日オランダ病院船へ移送)。
1942年4月〜5月 — 珊瑚海海戦
空母翔鶴護衛、MO機動部隊として参戦
  • 4月18日、ドーリットル空襲対応で空母祥鳳護衛を命じられるが合流できず、トラック泊地へ進出。
  • 5月8日、MO機動部隊(空母瑞鶴・翔鶴、重巡4隻、駆逐艦5隻)として米軍機動部隊と交戦。空母翔鶴が被弾中破。
  • 潮は翔鶴護衛艦として救援に赴くが、約4時間で燃料補給のため分離。
  • 5月11日、南洋部隊(第四艦隊)より除かれ内地帰投。対空戦闘能力不足を痛感し秋月型の出現を強く求める。
1942年5月20日〜6月 — ミッドウェー作戦
北方部隊としてダッチハーバー攻撃に参加
  • 第7駆逐隊(・曙・漣)は第四航空戦隊(龍驤・隼鷹)等と共に北方部隊に編入。米軍機動部隊との戦闘は生起しなかった。
1942年8月17-28日
戦艦大和との行動、フライングフィッシュ雷撃回避
  • 戦艦「大和」(山本五十六長官・宇垣纏参謀長座乗)と桂島泊地出撃、たびたび大和から燃料補給。宇垣参謀長「四日毎に腹を減らす赤坊にも困りものなり」と記す。
  • 8月28日、トラック目前で大和が米潜水艦フライングフィッシュに雷撃される。・漣と大和搭載機の爆雷攻撃で再襲撃を防いだ。
1942年9月12-21日 — ガダルカナル鼠輸送
複数回の輸送任務に従事
  • 9月12日、外南洋部隊編入。・漣でガ島輸送。9月14日、ルンガ泊地突入(敵艦見当たらず揚陸)。
  • 9月16日、吹雪・涼風で大発動艇曳航・揚陸成功。9月19-21日、漣・・敷波・夕立で日進から弾薬糧食移載・揚陸。
  • 9月28日、トラック目前で空母大鷹が米潜水艦に襲撃され被雷、近くにいた潮もこの場面に居合わせる。
1943年9-10月
横須賀で改修、22号電探装備
  • 二番砲塔の撤去、機銃増備、仮称二号電波探信儀二型(22号電探)・電波探知機を装備。
  • 12月中旬〜下旬、輸送船4隻の釜山〜トラック進出護衛に従事。
1944年1月12日
タロア島空襲で被弾
  • マロエラップ環礁タロア島で米軍B-25中爆5機の空襲。小型爆弾2発命中、戦死4名・重軽傷19名。最大速力20ノットに低下、クェゼリン環礁へ避退。
1944年1月14日
姉妹艦漣、戦没
  • 米潜水艦アルバコアの雷撃で漣が撃沈され、第7駆逐隊は・曙の2隻に。1月20日、損傷した給糧艦「伊良湖」を涼風・鳥海と共に救援。
1944年1月26日〜5月
空母雲鷹護衛、北方海域哨戒
  • 大破した空母「雲鷹」を高雄と協力して横須賀まで護衛。4月、大湊へ回航、北東方面艦隊指揮下で北方海域行動。5月下旬、酸素魚雷発射可能に改造。
1944年6月〜10月
サイパン突入計画中止、レイテ沖海戦準備
  • 「イ号」作戦(山城によるサイパン強行輸送)の準備をするが中止。7月、薄雲が米潜水艦に撃沈される護衛任務にも従事。10月、台湾沖航空戦の戦果誤認で出撃するが中止。
1944年10月25-26日 — レイテ沖海戦
阿武隈誤射、阿武隈生存者救助
  • 志摩清英中将の第二遊撃部隊(那智・足柄・阿武隈・第18駆逐隊・第7駆逐隊等)でスリガオ海峡へ突入。
  • 悪天候で地形確認できず反転した潮は、軽巡「阿武隈」から誤射される。志摩艦隊は西村艦隊壊滅を受け反転。
  • 米軍魚雷艇の雷撃で大破した阿武隈救援のため潮は本隊から分離。曙は重巡最上を雷撃処分。
  • 10月26日、空襲で阿武隈の魚雷が誘爆、12時42分沈没。潮は阿武隈生存者を救助しコロン島へ撤退。木村昌福司令官より「阿武隈乗員の奮闘を多とす 七生報国せよ」の信号。乗組員5名戦死、8名重軽傷。
1944年10月31日〜11月1日 — 多号作戦
第二次輸送部隊として参加
  • 警戒隊(霞・沖波・曙・・初春・初霜)として参加。輸送船「能登丸」沈没も輸送作戦は成功。
1944年11月5日 — マニラ湾空襲
姉妹艦曙を消火・曳航・擱座させる
  • 第五艦隊旗艦の重巡「那智」が沈没。那智救援中の曙も大破炎上。
  • 潮は霞と共に曙の消火活動を実施した後、曙を浅瀬へ曳航し擱座させた。
1944年11月8-9日 — 第四次輸送作戦
輸送船2隻・海防艦1隻喪失
  • 警戒隊(霞・秋霜・・朝霜・長波・若月)として参加。空襲で輸送船2隻・海防艦1隻喪失。第三次輸送部隊と合同し、無事マニラ湾へ帰投。第三次輸送部隊は11日に米軍機347機に襲撃され指揮官戦死、駆逐艦4隻喪失(生還は朝霜のみ)。
1944年11月13日
マニラ湾再空襲、潮も中破
  • 軽巡木曾、駆逐艦4隻(曙・沖波・秋霜・初春)が沈没または大破着底。潮自身も中破。深夜、左舷一軸運転で残存艦(霞・初霜・朝霜・・竹)はマニラを出港。
  • 11月15日、霞が編入され第7駆逐隊は2隻(・霞)に。
1944年12月13日
重巡妙高護衛中、米潜水艦バーゴールと交戦
  • シンガポールで応急修理後、レイテ沖海戦で被雷大破した妙高を護衛中、タイランド湾で米潜水艦バーゴールと遭遇。妙高に魚雷1本命中・大破、主砲反撃でバーゴールも大破。潮は損傷のため追跡せず護衛続行。
1944年12月21-22日 — ヒ82船団
米潜水艦フラッシャーがタンカー3隻撃沈
  • 護衛艦が一時的に船団から離れた隙に、フラッシャーがタンカー3隻(音羽山丸・ありた丸・御室山丸)を雷撃。ありた丸では船員・船砲隊員113名全員戦死。日本側は機雷敷設区域誤認で反撃せず。
  • 1945年1月、横須賀帰投。主機損傷のため係留。
1945年1月25日〜3月10日
第7駆逐隊3隻(霞・・響)→2隻に
  • 姉妹艦「響」編入で3隻編制。3月10日、霞が第21駆逐隊へ転出し2隻(・響)に。
1945年4月7日 — 坊ノ岬沖海戦
かつて護衛した戦艦大和、沈没
  • 第二水雷戦隊(矢矧・磯風・浜風・朝霜・霞等)が壊滅。潮自身は横須賀で行動不能の状態にあり参加していない。
  • 4月20日、第二水雷戦隊解隊、第7駆逐隊は第三十一戦隊に編入。
1945年5月5日〜6月10日
第7駆逐隊解隊、潮は第四予備駆逐艦に
  • 5月5日、第7駆逐隊解隊。「響」は警備駆逐艦に指定後、舞鶴へ回航。
  • 6月10日、潮は主機損傷のため第四予備駆逐艦に指定される。行動不能の状態で8月15日の終戦を迎えた。
1945年9月〜1948年
除籍、解体
  • 1945年9月、除籍。1948年(昭和23年)、解体された。
まとめ
生き延びることもまた、戦いだった
吹雪型20番艦・潮は、第7駆逐隊(・曙・朧・漣)の中で唯一終戦まで生き延びた艦である。ミッドウェー島砲撃という囮作戦を担い、米潜水艦「パーチ」を撃沈し、軽巡「阿武隈」の生存者を救助し、大破炎上した姉妹艦「曙」を消火・曳航して擱座させた——その艦歴は、撃沈の記録よりも、僚艦を守る判断の積み重ねによって特徴づけられる。

しかし、その生命力は安らかな結末を保証するものではなかった。最後は敵の攻撃ではなく、自艦の主機損傷という地味な不調によって行動不能となり、潮はそのまま横須賀に係留され続けた。坊ノ岬沖海戦で多くの僚艦が壮絶な最期を遂げる中、潮はただ動けずにその報を聞いていたことになる。

特型駆逐艦24隻のうち、終戦まで生き延びた数少ない艦であるという事実こそが、この艦の戦歴の本当の価値なのかもしれない。

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▼ 関連記事

■ 参考文献・資料

  • ・防衛省防衛研究所 戦史叢書26『蘭印・ベンガル湾方面海軍進攻作戦』朝雲新聞社、1969年
  • ・防衛省防衛研究所 戦史叢書62『中部太平洋方面海軍作戦(2)』朝雲新聞社、1971年
  • ・防衛省防衛研究所 戦史叢書83『南東方面海軍作戦(1)』朝雲新聞社、1975年
  • ・宇垣纏『戦藻録』原書房、1968年
  • ・外山操『艦長たちの軍艦史』光人社、2005年
  • ・木俣滋郎『潜水艦攻撃』図書出版社
  • ・歴史群像編集部「第七駆逐隊」
  • ・アジア歴史資料センター(JACAR)各艦公文備考・海軍辞令公報
  • ・福田和也『戦場の将器』文藝春秋
  • ・Wikipedia「 (吹雪型駆逐艦)」
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