夕雲型10番艦「涼波」——諸元と全戦歴・竣工からラバウル空襲での戦没まで

夕雲型 · 10番艦 · 第三十二駆逐隊
SUZUNAMI 涼波
竣工から107日、ラバウル空襲で1分で断裂した艦——戦友が結んだ因縁

浦賀船渠が建造した夕雲型駆逐艦10番艦。ポナペ島輸送を経て、1943年11月11日、ラバウル空襲(ブーゲンビル島沖航空戦)で被雷・誘爆し戦没するまでの諸元と全戦歴。

SPEC
基本諸元サマリー
TYPE
夕雲型 10番艦
DISPLACEMENT
2,077 t
MAX SPEED
35 kt
MAIN GUN
12.7cm 連装 × 6
TORPEDO
61cm × 8射線
FATE
1943.11.11 戦没
艦名涼波(すずなみ)
艦型・番艦夕雲型駆逐艦 10番艦
建造所浦賀船渠
仮称艦名第126号艦(④計画)
竣工日1943年(昭和18年)7月27日
除籍日1944年(昭和19年)1月5日
類別一等駆逐艦
基本計画番号F50(陽炎型はF49)
全長119.3m
全幅10.8m
基準排水量2,077t
満載排水量約2,772〜2,940t
出力52,000馬力
最大速力35〜35.5ノット
重油搭載量600t
主砲50口径三年式12.7cm連装砲 3基6門(最大仰角75度)
機銃九六式25mm連装機銃 2基(就役時)
魚雷発射管61cm4連装発射管 2基8射線
搭載魚雷九三式魚雷 16本
爆雷兵装爆雷18個
電探22号水上電探(後期竣工艦のため就役時より搭載)
乗員定数約225名
艦長神山昌雄中佐(前歴:第三次ソロモン海戦時「春雨」艦長)
初代司令中原義一郎大佐(前歴:夕立初代艦長・時津風初代艦長)
特記事項竣工から107日という夕雲型19隻中2番目に短い艦歴。現存する写真が確認されていない(大波と共に2隻のみ)
最終所属第三十二駆逐隊
最期1943年11月11日、ラバウル空襲(ブーゲンビル島沖航空戦)で被雷・被弾。予備魚雷誘爆により船体両断、約1分で沈没。艦長以下多数戦死。生存者約100〜106名は「大波」に救助された
HISTORY
涼波 全戦歴タイムライン
1943年7月27日 — 竣工
浦賀船渠にて竣工(仮称第126号艦)
  • ④計画による駆逐艦(甲)として建造。訓練部隊の第十一水雷戦隊に編入され、旗艦「龍田」等と内海西部で訓練に従事した。
1943年8月20日 — 第三十二駆逐隊編成
早波・藤波と共に新編の第三十二駆逐隊に所属
  • 初代司令は中原義一郎大佐。9月30日、第二水雷戦隊に編入された。
1943年10月中旬 — ポナペ島輸送
丁三号輸送部隊としてトラック泊地に進出、ポナペ島輸送を実施
  • 任務終了後、第三十二駆逐隊は第二水雷戦隊各隊・各艦と共に行動した。
1943年11月3日 — ラバウルへ出撃
二水戦5隻(能代・早波・涼波・藤波・玉波)が栗田中将指揮下の重巡部隊と共にトラック出撃
  • 南東方面部隊遊撃部隊としてブーゲンビル島周辺の敵艦隊撃滅を狙う。
1943年11月4日 — 日章丸救援
空襲で損傷したタンカー「日章丸」の救援のため「鳥海」と共に本隊から分離
  • 結果的にこの分離が、翌5日の第一次ラバウル空襲(重巡部隊が大打撃)を回避することにつながった。
1943年11月5日 — 第一次ラバウル空襲を回避
ラバウルへ向かう途中、空襲を避けるためトラックへ引き返すよう命令
  • 米空母「サラトガ」「プリンストン」の艦載機によるこの空襲で、遊撃部隊の重巡は「摩耶」を除き大きな損害を免れなかった。涼波は難を逃れた。
1943年11月9日 — 単艦でラバウル再進出
「ろ号作戦」に備え、涼波単艦で危険なラバウルへ向かい到着
  • 二水戦(能代・大波・長波・巻波・早波・涼波・藤波)で第一襲撃部隊が再編された。
1943年11月11日 — 戦没
第二次ラバウル空襲(ブーゲンビル島沖航空戦)で被雷・被弾、誘爆により沈没
  • スコールに紛れて脱出を図るも空襲を受ける。雷撃機1機を撃墜するも直後に被雷、爆弾命中、予備魚雷誘爆により船体が両断され約1分で沈没。艦長・神山昌雄中佐ら戦死。生存者は「大波」(艦長・吉川潔中佐)に救助された。
1944年1月5日 — 除籍
夕雲型駆逐艦・帝国駆逐艦籍から除籍
  • 第三十二駆逐隊は早波・藤波の2隻に減少(10月1日に玉波編入まで)。
RECORD
涼波 全艦歴まとめ
涼波は1943年7月に浦賀船渠で竣工した夕雲型駆逐艦10番艦。早波・藤波と共に第三十二駆逐隊を編成し、ポナペ島への輸送任務に従事した。1943年11月上旬、ラバウルへの進出途上、損傷したタンカー「日章丸」の救援任務で本隊から分離したことが幸いし、多くの重巡が大打撃を受けた第一次ラバウル空襲(11月5日)を偶然回避した。しかし単艦でラバウルに再進出した後の11月11日、第二次ラバウル空襲(ブーゲンビル島沖航空戦)で被雷・被弾。予備魚雷への誘爆により船体は両断され、わずか1分ほどで沈没した。艦長・神山昌雄中佐ら多数が戦死し、生存者約100名は駆逐艦「大波」(艦長・吉川潔中佐)に救助された。竣工からわずか107日、夕雲型19隻の中でも高波に次いで2番目に短い艦歴だった。
戦友が結んだ救助という記録——涼波艦長・神山昌雄中佐と、生存者を救助した大波艦長・吉川潔中佐は、かつて第三次ソロモン海戦で僚艦(春雨・夕立)として共に戦った間柄だった。

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■ 参考文献・資料

  • ・アジア歴史資料センター(JACAR)第32駆逐隊戦時日誌・第11水雷戦隊戦時日誌・舞鶴鎮守府戦時日誌
  • ・防衛省防衛研究所 戦史叢書『ラバウル空襲』『ブーゲンビル島沖航空戦』関連巻
  • ・山本平弥ほか『秋月型駆逐艦〈付・夕雲型・島風・丁型〉』潮書房光人社、2015年
  • ・福井静夫『日本駆逐艦物語』光人社NF文庫、1993年
  • ・木俣滋郎『日本水雷戦史』図書出版社、1986年
  • ・Wikipedia「涼波 (駆逐艦)」「夕雲型駆逐艦」「ラバウル空襲」「大波 (駆逐艦)」
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