睦月型 · 12番艦(最終竣工艦) · 第30駆逐隊
YUZUKI 夕月
睦月型12隻の物語を締めくくった最終竣工艦
藤永田造船所が建造した睦月型駆逐艦12番艦にして最終竣工艦。ツラギ空襲での艦長戦死、夕張・秋風の喪失を見届け、1944年12月12日、第九次多号作戦の帰途に空襲を受けシブヤン海で戦没。この艦の喪失をもって睦月型12隻は全艦戦没を完結させた。
SPECIFICATIONS
SPEC
基本諸元サマリー
TYPE
睦月型 12番艦(最終竣工艦)
DISPLACEMENT
1,315 t
MAX SPEED
37.25 kt
MAIN GUN
12cm単装 × 4
TORPEDO
61cm × 6射線
FATE
1944.12.12 シブヤン海で戦没
| 艦名 | 夕月(ゆうづき) |
| 艦型・番艦 | 睦月型駆逐艦 12番艦(最終竣工艦) |
| 計画名称 | 第34号駆逐艦 |
| 建造所 | 藤永田造船所 |
| 起工日 | 1925年(大正14年)11月27日 |
| 進水日 | 1927年(昭和2年)3月4日 |
| 竣工日 | 1927年(昭和2年)7月25日 |
| 改名 | 1928年(昭和3年)8月1日、「第34号駆逐艦」より「夕月」に改称 |
| 除籍日 | 1945年(昭和20年)1月10日 |
| 類別 | 一等駆逐艦 |
| 籍 | 佐世保鎮守府籍 |
| 全長 | 102.72m |
| 基準排水量 | 1,315t(竣工時)/改修後1,445t |
| 出力 | 38,500馬力 |
| 速力 | 公試37.25ノット(竣工時) |
| 主砲 | 45口径三年式12cm単装砲 4門(戦争後半に一部撤去) |
| 魚雷発射管 | 61cm3連装発射管 2基(八年式魚雷12本)——日本駆逐艦初の61cm雷装 |
| 機銃 | 留式7.7mm機銃2挺(竣工時、後に25mm機銃を大幅増備) |
| 爆雷兵装 | 爆雷投射器(爆雷12個) |
| 初代艦長 | 穂本繁治中佐(1927.7.25〜) |
| 最終艦長 | 松本正平少佐(1943.10.20〜1944.12.15戦没時) |
| 所属部隊 | 第23駆逐隊(三日月・菊月・望月)→第29駆逐隊→第二海上護衛隊→第30駆逐隊 |
| 特記事項 | 1942年5月4日のツラギ空襲で艦長・橘広太少佐が戦死、姉妹艦「菊月」の生存者(艦長・森幸吉少佐含む)を収容し森少佐が新艦長に。1944年4月に「夕張」、同年11月に「秋風」の喪失を見届けた |
| 最期 | 1944年12月12日、第九次多号作戦(オルモック輸送)帰途にマニラ湾口で空襲を受け機関部被弾、航行不能。僚艦「桐」の処分砲撃の後、午後8時27分シブヤン海で沈没 |
| 戦後 | この戦没をもって睦月型駆逐艦12隻は太平洋戦争で全て失われた。乗組員181名は海軍陸戦隊に編入されマニラ市街戦等で多数戦死 |
TIMELINE
HISTORY
夕月 全戦歴タイムライン
1925年11月27日 — 起工
藤永田造船所にて起工(第34号駆逐艦)
- 1923年度計画艦。1928年8月1日、「夕月」と正式に改称され睦月型駆逐艦に登録された(睦月型で最後の竣工艦)。
1927年7月25日 — 竣工
竣工。第23駆逐隊を編成
- 初代艦長・穂本繁治中佐が着任。「三日月」と第23駆逐隊を編成、後に「菊月」「望月」も加わる。
1940-1941年 — 第二航空戦隊、南部仏印進駐
空母「蒼龍」「飛龍」の護衛任務
- 1940年11月、第二航空戦隊(司令官・山口多聞少将)麾下となる。1941年7月、南部仏印進駐作戦に参加。
- 9月15日、橘広太少佐が艦長に着任。
1941年12月8日 — グアム島攻略戦
開戦時、南洋部隊に編入
- 第23駆逐隊(夕月・卯月・菊月)は南洋部隊に編入されグアム島攻略作戦に従事。真珠湾攻撃には参加せず。
1942年5月4日
ツラギ空襲、艦長戦死・菊月生存者を収容
- ツラギ島攻略作戦中、空母「ヨークタウン」艦上機の攻撃を受ける。「夕月」は小破するも艦長・橘広太少佐が戦死。
- 姉妹艦「菊月」が直撃弾を受け座礁、6日に放棄。第23駆逐隊司令と菊月艦長・森幸吉少佐ら生存者が「夕月」に移乗。
- 5月15日、森少佐が正式に夕月艦長となる。
1942年5月10-19日 — 沖島救援
臨時第十九戦隊旗艦に
- 敷設艦「沖島」が米潜水艦S-42の雷撃で大破、「夕月」「卯月」は爆雷攻撃でS-42を損傷させるも「沖島」は沈没。
- 「夕月」は臨時の第十九戦隊旗艦となるが、攻略作戦自体は中止された。
1942年後半-1943年 — 南東方面・内南洋護衛
ブナ輸送、ガダルカナル方面護衛
- 第29駆逐隊、後に第二海上護衛隊に編入。ブナ輸送やガダルカナル島ヘンダーソン飛行場砲撃に参加。
- 1943年3月、護衛中の輸送船が被雷、爆雷攻撃を実施。10月、松本正平少佐が艦長に着任。
1943年11月19-25日 — 北江丸曳航
被雷船の曳航に苦闘
- 米潜水艦「ハーダー」の攻撃で船団の「鵜戸丸」沈没、「北江丸」大破。「夕月」が曳航を試みるも船体切断で中断。
1943年11月30日 — 第30駆逐隊編入
第三水雷戦隊麾下へ
- 12月、石川島造船所で主砲・魚雷一部撤去、レーダー整備、機銃増強の改装工事。
1944年2月17-24日 — 南東方面最後の駆逐艦輸送
「水無月」と共にガブブ輸送
- トラック島空襲直後のラバウルへ進出。第三水雷戦隊旗艦となり、「水無月」とニューブリテン島ガブブへの輸送を実施。これが南東方面最後の駆逐艦輸送となった。
1944年4月27-28日
夕張の喪失、生存者を収容
- ソンソロール島輸送任務を終え帰路につく「夕張」と「夕月」を米潜水艦「ブルーギル」が発見。
- ブルーギルは最初「夕月」を狙い、続いて「夕張」に目標変更。魚雷1本が命中し「夕張」は28日朝沈没。
- 「夕月」は爆雷でブルーギルを追い払い、第三水雷戦隊司令部と「夕張」生存者を収容した。
1944年7月4日 — 清霜の指揮下で
「皐月」と共に東京湾へ、清霜艦長・宮崎勇少佐の指揮下に
- 伊号輸送作戦従事中の夕雲型「清霜」(艦長・宮崎勇少佐)の指揮下に入り、輸送船護衛で東京湾へ。米艦載機の空襲で「皐月」が若干被害。
- 7月17日、睦月型3隻(夕月・卯月・皐月)で機動部隊燃料補給部隊を護衛しシンガポールへ。リンガ泊地で夕雲型「秋霜」も交えた合同訓練を実施。
1944年11月3日
秋風の喪失、生存者見つからず
- 空母「隼鷹」の輸送部隊に加わり航行中、米潜水艦「ピンタド」が発射した魚雷が「隼鷹」を逸れ「秋風」に命中、轟沈。
- 「夕月」が救援に向かうも生存者は見つからなかった。
1944年12月9-12日
第九次多号作戦、睦月型最後の輸送作戦
- 「夕月」「卯月」がレイテ島オルモックへの増援輸送「第九次多号作戦」に投入。12月9日、兵員4,400名を乗せマニラ出港。
- 12月11日、レイテ島北で空襲を受け輸送船2隻沈没。「卯月」が救助・護衛にあたり、「夕月」は「桐」等とオルモック湾へ。
- 同日21時30分、揚陸開始直後に米軍補給船団・護衛駆逐艦5隻と遭遇。12日午前0時過ぎ「コールドウェル」「コグラン」と交戦するも双方被害なし。
- 午前2時、「夕月」「桐」は湾外脱出も、「夕月」は揚陸支援のため単艦で湾内に戻る。
1944年12月12日夕刻
マニラ帰投中に空襲、シブヤン海で戦没
- 「卯月」はこの日未明、既に魚雷艇の攻撃で沈没していた。
- マニラへ帰投中の3隻がP-38・F4U戦闘機の襲撃を受ける。「夕月」は機関部に爆弾2発命中、火災発生・航行不能。
- 乗員は「桐」と第140号輸送艦に移乗、第30駆逐隊司令も「桐」に移動。「桐」による処分砲撃も艦はすぐに沈まず。
- 午後8時27分、パナイ島東方のシブヤン海で沈没。この戦没をもって睦月型駆逐艦12隻は全艦戦没が完結した。
1945年1月10日 — 除籍
「卯月」と共に帝国駆逐艦籍より除籍
- 第30駆逐隊も解隊。乗組員181名は海軍陸戦隊に編入され、マニラ市街戦・フィリピン地上戦で多数が戦死した。
SUMMARY
RECORD
夕月 全艦歴まとめ
夕月は1927年に藤永田造船所で竣工した睦月型駆逐艦12番艦、そして最終竣工艦。1942年5月のツラギ空襲で艦長を失いながらも、姉妹艦「菊月」の生存者を受け入れ、その艦長・森幸吉少佐を新艦長として迎えた。以後も沖島救援、南東方面・内南洋方面での護衛任務を重ね、1944年4月には僚艦「夕張」の喪失を、同年11月には「秋風」の喪失を見届けている。同年12月、第九次多号作戦でオルモックへの輸送任務に従事したが、帰途にマニラ湾口で空襲を受け機関部が被弾、僚艦「桐」の処分砲撃を経て12月12日夜、シブヤン海で沈没した。同日未明に沈んでいた「卯月」と合わせ、この戦没をもって睦月型駆逐艦12隻は太平洋戦争で全て失われることになった。乗組員181名は陸戦隊に編入され、マニラの地上戦で多数が戦死している。
喪失と継承の連鎖——菊月艦長を新艦長に迎え、夕張・秋風の喪失を見届けた夕月の艦歴は、駆逐艦同士が互いの運命を引き継ぎ合う、睦月型全体の縮図だった。
睦月型12隻、全艦戦没の完結——日本駆逐艦初の61cm魚雷を搭載し「並型駆逐艦の完成形」と呼ばれた睦月型は、最終竣工艦「夕月」の戦没をもって、生存艦ゼロという記録を完結させた。
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■ 参考文献・資料
- ・アジア歴史資料センター(JACAR)第30駆逐隊戦時日誌戦闘詳報・第十一水雷戦隊戦時日誌・第一海上護衛隊戦時日誌
- ・防衛省防衛研究所 戦史叢書56『比島捷号陸軍作戦(2)』、戦史叢書96『南東方面海軍作戦(3) ガ島撤収後』関連巻
- ・岸見勇美『地獄のレイテ輸送作戦 敵制空権下の多号作戦の全貌』光人社NF文庫、2010年
- ・佐藤和正『艦長たちの太平洋戦争 続編』光人社NF文庫、1995年
- ・木俣滋郎『日本水雷戦史』図書出版社、1986年
- ・木俣滋郎『日本軽巡戦史』図書出版社、1989年
- ・外山操『艦長たちの軍艦史』光人社、2005年
- ・Wikipedia「夕月 (駆逐艦)」「睦月型駆逐艦」「多号作戦」「珊瑚海海戦」
- → 【諸元と全戦歴】卯月——加古救助からオルモック湾での最期まで