日本駆逐艦初の40ノット記録、そして名を後継艦に託した艦——初代「島風」の全記録

1943年1月12日、ビスマルク諸島カビエン沖。給油船「あけぼの丸」を護衛していた「第一号哨戒艇」に、米潜水艦「ガードフィッシュ」の魚雷が命中した。かつて「島風」と呼ばれ、日本の駆逐艦として初めて40ノットの壁を破った艦は、こうして静かに海へ消えていった。その3年前まで、この艦は日本海軍で最も速い駆逐艦だった。

「島風」は峯風型駆逐艦の4番艦として、舞鶴海軍工廠で建造され、1920年11月15日に竣工した。竣工後の公試運転で記録した40.698ノットという速力は、日本の駆逐艦として初めて到達した記録であり、以後20年以上にわたって破られることのない金字塔となった。だがその「島風」の栄光は、皮肉にも偶然の産物だった。峯風型の計画速力は39ノットであり、たまたま精度の高い機関を搭載した「島風」だけが、この記録を打ち立てることになったのである。

1940年、老朽化した「島風」は駆逐艦としての籍を離れ、「第一号哨戒艇」として生まれ変わる。太平洋戦争開戦直前には、大発動艇2隻を搭載できる強襲揚陸艦へと改造され、後の一等輸送艦や高速輸送艦の先駆けとなった。そしてその名は、1943年に竣工した新型の丙型駆逐艦「島風」——40.9ノットという、初代をわずかに上回る速力を記録した艦——へと引き継がれていく。

■ 峯風型4番艦「島風(初代)」基本諸元 ■
建造所
舞鶴海軍工廠
命名 1920年8月24日
竣工
1920年11月15日
横須賀鎮守府籍
基準排水量
1,215t(竣工時)
→哨戒艇1,270t
全長 102.6m
最大速力
40.698ノット(公試記録)
日本駆逐艦として初の40ノット突破
主砲(竣工時)
12cm単装砲 4門
哨戒艇時は2門に減
魚雷兵装
53.3cm連装発射管(魚雷8本)
強襲揚陸艦化で撤去
所属部隊
第3駆逐隊
後に第一哨戒艇隊
特筆データ
陸戦隊約250名収容の強襲揚陸艦に改造
名は丙型駆逐艦「島風」に継承
最終艦名・結末
1943.1.12 カビエン沖で戦没
米潜水艦ガードフィッシュの雷撃
前史——偶然が生んだ日本駆逐艦最速の記録

竣工した「島風」は横須賀鎮守府に所属し、竣工後直ちに第3駆逐隊に編入された。この頃、公試運転で記録した40.698ノットという速力は、当時の日本駆逐艦としては前例のない記録だった。峯風型の計画速力は39ノットであり、「島風」の記録は決して設計上の狙いによるものではなく、たまたま精度の高い機関が搭載されたことによる、いわば幸運の産物だった。もしこの機関が1番艦「峯風」に搭載されていたなら、この記録は「峯風」の名で語られていたかもしれない。

1928年10月11日午後9時20分、浦賀水道で小演習に参加していた「島風」に、僚艦「夕風」が衝突する事故が発生した。右舷艦首に大破口が生じ、横須賀で修理を受けている。竣工から日中戦争にかけて、「島風」は着実に艦歴を重ねていった。

■ 「島風」の全戦歴ハイライト ■
【1920.11.15】:竣工。公試で40.698ノットの日本駆逐艦最速記録を樹立
【1928.10.11】:浦賀水道で僚艦「夕風」と衝突事故
【1937.9.25】:第二次上海事変、黄浦江で被弾。皇族の博義王中佐が戦傷
【1938.12】:第三駆逐隊解隊、予備艦に
【1940.4】:哨戒艇に改装、「第一号哨戒艇」に改名
【1941末】:強襲揚陸艦へ改造、大発2隻搭載可能に
【1941.12-42】:フィリピン・蘭印攻略作戦に参加
【1942.3-4】:西部ニューギニア戡定作戦
【1943.1.12】:カビエン沖で米潜水艦ガードフィッシュの雷撃を受け戦没
【1943.5】:新型丙型駆逐艦「島風」(2代)竣工、記録と名を継承
エピソード①——黄浦江、皇族を乗せた艦への銃撃

1937年9月25日、第二次上海事変のさなか、「島風」は黄浦江での作戦行動中に中国軍の射撃を受けた。この時、艦上には第三駆逐隊司令・博義王中佐が乗艦していた。博義王は皇族の一員であり、日本海軍の軍人としてこの艦に司令として着任していた。射撃により、博義王中佐と皇族付武官・早川幹夫中佐がともに戦傷を負うという事態が発生する。

皇族が乗艦する駆逐艦が、実際の戦闘で被弾し負傷者を出すという出来事は、当時の日本海軍にとって決して軽い意味を持つものではなかった。この事件は、日中戦争が単なる後方の作戦ではなく、皇族すらも危険にさらす実戦であったことを物語っている。「島風」という1隻の艦の艦歴の中に、こうした歴史の重みが刻まれていた。

■ 戦場に立つということ
身分の高低にかかわらず、戦場に立つ者は等しく危険にさらされる。博義王中佐の戦傷は、日中戦争という戦いが、日本社会のあらゆる階層に等しく影響を及ぼしていたことを、静かに物語っている。
エピソード②——駆逐艦から強襲揚陸艦へ、格下げが生んだ先駆け

1940年4月、竣工から20年を経て老朽化していた「島風」は、駆逐艦としての籍を離れ「第一号哨戒艇」へと改装された。かつて日本一の速力を誇った俊足のボイラーは消耗し、武装も旧式化していたが、船体そのものはまだ十分に使用に耐えるものだった。ボイラーを半減させ、武装の一部を降ろすことで艦種変更するという、いわば「格下げ」の改造だったが、この措置こそが、その後の「島風」に新たな役割を与えることになる。

太平洋戦争開戦直前、「島風」は後甲板と艦尾を大きく改造し、大発動艇2隻を搭載・発進できる強襲揚陸艦へと生まれ変わった。12cm単装砲1門と魚雷兵装を撤去し、代わりに陸戦隊約250名を収容できる居住区を設けている。この改造は、後年の一等輸送艦・高速輸送艦の先駆けとも言える、先進的な試みだった。開戦後は、この新しい姿でフィリピン・蘭印攻略作戦、そして1942年3月から4月にかけての西部ニューギニア戡定作戦に参加し、緒戦の上陸作戦で活躍することになる。

■ 「格下げ」が切り開いた新しい役割
駆逐艦として第一線を退くことは、一見すれば艦の価値の低下を意味するように思える。だが「島風」の場合、この改造こそが、上陸作戦支援という新たな戦場での役割を切り開くことになった。艦の価値は、必ずしも速力や兵装の強さだけでは測れない——「島風」の第二の人生は、そのことを静かに物語っている。
エピソード③——カビエン沖の最期、そして受け継がれた名前

西部ニューギニア戡定作戦の後、「第一号哨戒艇」となった「島風」はソロモン諸島方面での活動に移る。1943年1月12日、給油船「あけぼの丸」を護衛していた「島風」は、米潜水艦「ガードフィッシュ」の雷撃を受け、ビスマルク諸島カビエン沖で沈没した。竣工から22年を経た艦の最期は、かつての速力記録とは対照的な、地道な護衛任務の最中の出来事だった。

「島風」の沈没から4ヶ月後の1943年5月、新型の丙型駆逐艦「島風」が竣工する。次発装填装置を持たず、61cm5連装発射管3基15射線という破格の重雷装で知られるこの艦は、公試で40.9ノットを記録し、初代の記録をわずかに更新した。厳密に言えば、日本海軍駆逐艦としての公式速力記録は、2代目ではなく、この初代「島風」が保持していたものである。2代目の起工は1941年8月であり、進水は1942年7月——1年半ほどの間、初代と2代目の「島風」が同時に存在していたことになる。だが直接顔を合わせる機会は、おそらくなかった。

■ 名前と記録が受け継がれるまで ■
1943.1.12
初代「島風」、カビエン沖で戦没
1943.5
丙型駆逐艦「島風」(2代)竣工。40.9ノットを記録
厳密には
公式最速記録は初代「島風」の40.698ノットが上回る
猫工艦の考察

「島風」の本質は、偶然によって手にした栄光を、その後の艦歴の中で着実な献身へと転化させ続けた艦だった、という一点にある。40.698ノットという記録は狙って手に入れたものではなかったが、その名声を背負いながら、日中戦争の実戦、そして老朽化後の「格下げ」改造による強襲揚陸艦への転身——「島風」は与えられた役割を、その都度全うし続けた。

「駆逐艦としての第一線を退く」という決断は、一見すれば終わりを意味するように思える。だが「島風」の場合、それは新たな戦場での役割の始まりだった。大発動艇を搭載する強襲揚陸艦への改造は、後の輸送艦の先駆けとなり、緒戦の上陸作戦を支え続けた。そして最後は、地味な護衛任務の最中に静かに戦没している。

「島風」が残したものは何か。それは、記録や栄光がその艦の価値の全てではないという、静かな教えである。偶然の速力記録から始まり、皇族の戦傷、格下げからの再生、そして名前と記録を後継艦に託した最期——この艦の生涯は、日本海軍の駆逐艦がどれほど多様な役割を担い、そしてその記憶がどのように次の世代へ受け継がれていったかを物語っている。猫工艦は、初代「島風」と、その乗組員たちに深い敬意を表したい。

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■ 参考文献・資料

  • ・アジア歴史資料センター(JACAR)第一哨戒艇隊第一号哨戒艇事変日誌各号・海軍辞令公報(部内限)各号
  • ・『丸スペシャル』第51号 日本の駆逐艦Ⅱ、潮書房、1981年
  • ・外山操『艦長たちの軍艦史』光人社、2005年
  • ・海軍歴史保存会編『日本海軍史』第7巻・第9巻、第一法規出版、1995年
  • ・浅井将秀編『日本海軍艦船名考』東京水交社、1928年
  • ・福井静夫『日本駆逐艦物語』光人社NF文庫、1993年
  • ・Wikipedia「島風 (峯風型駆逐艦)」「島風 (島風型駆逐艦)」「峯風型駆逐艦」
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