峯風型 · 8番艦 · 第三駆逐隊
SHIOKAZE 汐風
僚艦「梅」を見送り、今も小名浜港に眠る駆逐艦
舞鶴海軍工廠が建造した峯風型駆逐艦8番艦。空母「龍驤」護衛、蘭印攻略戦、そして太平洋戦争後半の輸送船団護衛では幾多のウルフパック攻撃を目撃した。1945年1月、僚艦「梅」を自らの手で処分。回天搭載艦への改造を経て終戦を迎え、1948年、姉妹艦「澤風」と同じ小名浜港に沈設。「澤風」が1965年撤去された今も、この艦は現地に眠り続けている艦の諸元と全戦歴。
SPECIFICATIONS
SPEC
基本諸元サマリー
TYPE
峯風型 8番艦
DISPLACEMENT
1,215 t
MAX SPEED
39.0 kt(計画)
MAIN GUN
最終時12cm単装 × 1
SPECIAL
回天搭載艦(4艇)
FATE
1948年 小名浜港の防波堤に(現存)
| 艦名 | 汐風(しおかぜ/しほかぜ) |
| 艦型・番艦 | 峯風型駆逐艦 8番艦 |
| 計画 | 1917年度計画(八四艦隊案) |
| 建造所 | 舞鶴海軍工廠 |
| 起工日 | 1920年(大正9年)5月15日 |
| 進水日 | 1920年(大正9年)10月22日 |
| 竣工日 | 1921年(大正10年)7月29日 |
| 除籍日 | 1945年(昭和20年)10月5日 |
| 類別 | 一等駆逐艦 |
| 籍 | 横須賀鎮守府籍 |
| 全長 | 102.6m |
| 基準排水量 | 1,215t(竣工時)/公試1,345t |
| 出力 | 38,500馬力(計画) |
| 速力 | 39.0ノット(計画) |
| 主砲(竣工時) | 12cm単装砲 4門 |
| 主砲(最終時) | 45口径三年式12cm単装砲 1門のみ(回天搭載艦改造で撤去) |
| 機銃(最終時) | 25mm連装機銃 6基、13mm単装機銃 8挺 |
| 特殊兵装(最終時) | 特攻兵器「回天」 4艇搭載、艦尾発進用スロープ新設 |
| 電探(最終時) | 22号電探(艦橋後部)、13号電探(前部マスト) |
| 初代艦長 | (心得)高橋為次郎少佐(1921年6月8日〜) |
| 最終艦長 | 河辺忠四郎少佐(1945年7月15日〜終戦時) |
| 所属部隊 | 第三駆逐隊(島風・灘風・夕風)/第一航空艦隊第四航空戦隊他 |
| 特記事項 | 1942年3月、僚艦「松風」と共にオランダ掃海艇「エンデ」を撃沈。1945年1月、被弾航行不能となった松型「梅」を、生存者退艦後に自ら砲撃処分した |
| 終戦時 | 呉に在泊、無傷。第1駆逐隊(連合艦隊付属)所属 |
| 戦後 | 1945年12月、特別輸送艦(復員輸送艦)として復員輸送に従事。1948年8月25日、福島県小名浜港1号埠頭先端に防砂防波堤として埋設。姉妹艦「澤風」が1965年撤去された後も、現在まで現地に現存 |
TIMELINE
HISTORY
汐風 全戦歴タイムライン
1920年5月15日 — 起工
舞鶴海軍工廠にて起工
- 1917年度計画(八四艦隊案)による建造。1921年7月29日竣工、横須賀鎮守府籍・一等駆逐艦に類別。12月5日、第三駆逐隊に編入。
1922-1938年 — 所属変遷を重ねる第三駆逐隊
第二水雷戦隊、大湊要港部、横須賀警備戦隊
- 1922年12月、第二艦隊第二水雷戦隊指揮下。1923年12月、横須賀鎮守府予備艦。1925年12月、再び第二水雷戦隊指揮下。1926年12月、再び予備艦。
- 1930年12月、大湊要港部指揮下。1932年12月、横須賀鎮守府部隊指揮下。1933年・1935年、横須賀警備戦隊編入。
1928年3月9日 — 潜水艦と衝突
横須賀湾で「伊21」と衝突事故
- 午前11時、横須賀湾で魚雷発射訓練中、速力試験中の潜水艦「伊21」と衝突し損傷。横須賀で修理。
1937年 — 日中戦争
華南沿岸作戦に参加
- 9月、第三駆逐隊は第三艦隊第三水雷戦隊指揮下に。1938年12月、第三駆逐隊解隊、汐風は横須賀鎮守府部隊指揮下へ。1940年2月、予備艦。
1940年10-11月 — 第三駆逐隊再編、トンボ釣り
夕風・帆風と共に第一航空戦隊指揮下へ
- 10月15日、夕風・帆風と第三駆逐隊再編成。11月15日、第一艦隊第一航空戦隊指揮下となりトンボ釣り(不時着機救助)に従事。
- 1941年4月、第三駆逐隊(汐風・帆風)は第一航空艦隊第四航空戦隊指揮下に。
1941年11月-1942年1月 — 龍驤護衛
空母「龍驤」とパラオへ
- 11月29日、空母「龍驤」を護衛し佐世保出港、12月5日パラオ到着。以降「龍驤」と行動を共にする。1942年1月10日、第三駆逐隊解隊、第四航空戦隊付属に。
1942年3-7月 — エンデ撃沈、アリューシャン作戦
蘭印攻略戦から北方戦線へ
- 3月2日、ビリトン島南方80浬で「松風」と共にオランダ海軍掃海艇「エンデ」を撃沈。4月、重巡「鳥海」護衛でシンガポールから横須賀へ。
- アリューシャン攻略作戦(AL作戦)参加のため大湊へ移動、特設水上機母艦「君川丸」を護衛。7月3日、被爆した「君川丸」を横須賀まで護衛。
1942年後半-1943年前半 — 南方船団護衛
第一海上護衛隊編入
- 千島列島輸送船団護衛の後、舞鶴経由で南方船団護衛に従事。10月1日、第一海上護衛隊編入。1943年1月、横須賀で整備後、再び南方護衛。
1943年9月13日 — 大和丸沈没
舟山群島沖、スヌークを取り逃がす
- 基隆行き第195船団護衛中、米潜水艦「スヌーク」の雷撃で陸軍輸送船「大和丸」(9,655トン)が沈没。汐風は爆雷攻撃するも取り逃がす。
1943年10月10-15日 — 志かご丸沈没
台湾彰化沖、タリビーの雷撃
- 高雄行き第105船団を単独護衛中、米潜水艦「タリビー」に発見・追跡され、15日未明「志かご丸」(6,182トン)が被雷沈没。他船が生存者を救助。
1943年10月24-28日
マ08船団、ウルフパックによる連続喪失
- 「加茂丸」「富士丸」「鴨緑丸」の門司行きマ08船団を護衛。27日未明、奄美大島沖で米潜水艦「グレイバック」「シャード」の群狼作戦に遭遇。
- 「加茂丸」被雷、「富士丸」も救助中に被雷し沈没。「鴨緑丸」にも被雷(不発)、汐風は救助作業を打ち切り。28日門司到着。
1943年12月13-20日 — さらわく丸損傷
沖縄南方、アスプロを取り逃がす
- 高雄行き第121船団(輸送船15隻)を第33号掃海艇と護衛。17日夜、米潜水艦「アスプロ」の攻撃で「さらわく丸」ほかタンカー1隻が損傷。爆雷20発投下も取り逃がす。
1944年2-4月 — ヒ45船団、ヒ40船団支援
海防艦三宅と共同護衛
- 2月16日、ヒ45船団を海防艦「三宅」と護衛し門司出港。米潜「ジャック」に攻撃されたヒ40船団の護衛支援に一時分離。27日昭南到着。
- 3月15日、ヒ50船団を海防艦「佐渡」と護衛、サンジャック・マニラ・高雄・馬公を経て4月8日門司到着。
1944年10月17-28日
ルバング島沖、ブルーギルによる3隻喪失
- マニラからミリへ退避する船団を護衛。18日朝、ルバング島北西で米潜水艦「ブルーギル」に発見される。
- 7時16分、「あらびあ丸」機関室付近と「鎮西丸」に被雷、鎮西丸沈没。正午過ぎ「あらびあ丸」に追撃、20時15分には「白鹿丸」にも被雷、共に沈没。
- 船団は20日バキット湾、24日ガヤ湾、28日ミリに到着。
1945年1月10-13日 — 第30駆逐隊解隊
パトリナオ輸送作戦へ
- 第30駆逐隊解隊、名目上の第30駆逐艦配備に。13日、佐世保出港・左営寄港後、高雄到着。フィリピンからの搭乗員救出作戦へ。
1945年1月31日
アパリ輸送、僚艦「梅」を処分
- 午前9時、松型「梅」「楓」と高雄出港。出撃2時間後、偵察B-24に発見される。
- 午後3時、ガランピ岬南方でB-25・P-38・P-47の空襲。汐風は至近弾で右舷タービン・推進軸損傷、乗員4名負傷。「楓」も艦首被弾。「梅」は直撃弾・至近弾で機関部損傷、20度傾斜し航行不能に。
- 「梅」生存乗員全員退艦後、汐風が砲撃処分。生存者を乗せ高雄へ引き返す。
1945年2月15-19日 — 回天搭載艦への改造
大湊警備府第1駆逐隊編入、呉で大改造
- 2月15日大湊警備府部隊第1駆逐隊編入。16日北号作戦護衛に参加も本隊から逸れる。19日呉到着、修理と共に回天搭載艦への改造開始。
- 魚雷・機銃・機雷設備撤去、主砲1番のみ残置。25mm連装機銃6基・13mm単装8挺装備。22号電探・13号電探装備。後部マスト移設、回天4艇搭載スペースと艦尾発進スロープ新設。
1945年3月1日 — 連合艦隊付属
第1駆逐隊、連合艦隊直属に
- 回天搭載艦としての改造を終え、連合艦隊付属となる。実戦での回天発進機会のないまま終戦を迎える。
1945年8月15日 — 無傷の終戦
呉にて終戦
- 竣工から24年、幾多の戦いを経て無傷のまま終戦を迎える。10月5日除籍。
1945年12月1日 — 復員輸送艦に
特別輸送艦として復員輸送に従事
- 多くの日本人を海外から故郷へ送り届ける任務にあたった。
1948年8月25日
小名浜港の防波堤として埋設、現存
- 解体後、船体は福島県小名浜港1号埠頭先端に防砂防波堤として埋設。同年4月に沈設された姉妹艦「澤風」に続く2隻目。
- 「澤風」が1965年に撤去された後も、「汐風」は現在まで現地に現存。2000年、解説プレート設置。艦尾部分のシルエットを囲む形でタイル舗装がなされている。
SUMMARY
RECORD
汐風 全艦歴まとめ
汐風は1921年に舞鶴海軍工廠で竣工した峯風型駆逐艦8番艦。竣工後は幾度も所属部隊を変えながら日本近海での任務を重ね、太平洋戦争開戦時には空母「龍驤」を護衛してパラオへ進出、蘭印攻略戦ではオランダ掃海艇「エンデ」を僚艦「松風」と共に撃沈した。太平洋戦争後半は南方輸送船団の護衛に従事し、マ08船団やルバング島沖での米潜水艦ウルフパック攻撃により、幾多の輸送船の喪失を目撃している。1945年1月31日、アパリへの緊急輸送作戦中に空襲を受け、被弾航行不能となった松型駆逐艦「梅」を、生存者退艦後に自らの手で砲撃処分した。その後呉で回天搭載艦への大改造を受け、連合艦隊付属として終戦を迎える。戦後は復員輸送艦として活動した後、1948年8月25日、姉妹艦「澤風」と同じ福島県小名浜港に防波堤として埋設された。「澤風」が1965年に撤去された後も、「汐風」は現在まで現地にその姿をとどめている。
ウルフパックの猛威を見届けた艦——マ08船団、ルバング島沖と、複数回にわたり米潜水艦の群狼作戦に翻弄される輸送船団を目撃した汐風の艦歴は、太平洋戦争後半の海上護衛戦の厳しさを物語る。
「梅」を見送った駆逐艦、今も残る姉妹艦との対照——僚艦を自らの手で処分するという重い任務を経て、汐風自身は今も小名浜港にその船体を残している。撤去された「澤風」との対照が、この艦の存在をより際立たせている。
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■ 参考文献・資料
- ・アジア歴史資料センター(JACAR)AL作戦経過概要・佐世保鎮守府戦時日誌・第一海上護衛隊戦時日誌・第百四号哨戒艇戦時日誌・第三十一戦隊戦時日誌・武装商船警戒隊戦闘詳報各号
- ・木俣滋郎『日本水雷戦史』図書出版社、1986年
- ・外山操『艦長たちの軍艦史』光人社、2005年
- ・駒宮真七郎『戦時輸送船団史』出版協同社、1987年
- ・佐藤和正『艦長たちの太平洋戦争 続編』光人社NF文庫、1995年
- ・志賀博ほか『駆逐艦物語 車引きを自称した駆逐艦乗りたちの心意気』潮書房光人社、2016年
- ・山本平弥ほか『秋月型駆逐艦〈付・夕雲型・島風・丁型〉』潮書房光人社、2015年
- ・市川國雄「香り浅き『梅』バシー海峡に消えたり」
- ・Wikipedia「汐風 (駆逐艦)」「峯風型駆逐艦」