峯風型駆逐艦11番艦「太刀風」——諸元と全戦歴、竣工からトラック島での最期まで

峯風型 · 11番艦 · 第34駆逐隊
TACHIKAZE 太刀風
ガダルカナルの鼠輸送を戦い抜き、動けぬままトラックに散った駆逐艦

舞鶴海軍工廠が建造した峯風型駆逐艦11番艦。昭和三陸地震での救援、カラヤン島攻略戦、ガダルカナル戦での鼠輸送を経て、1944年2月4日、トラック環礁で座礁。動けないまま2週間後のトラック島空襲を受け、翌18日戦没した艦の諸元と全戦歴。

SPEC
基本諸元サマリー
TYPE
峯風型 11番艦
DISPLACEMENT
1,215 t(竣工時)
MAX SPEED
39.0 kt(計画)
MAIN GUN
12cm単装 × 4
TORPEDO
53.3cm連装(魚雷8本)
FATE
1944.2.18 トラック島で戦没
艦名太刀風(たちかぜ)
艦型・番艦峯風型駆逐艦 11番艦
建造所舞鶴海軍工廠
命名1921年(大正10年)9月2日(『官報』第2727号)
竣工日1921年(大正10年)12月5日
類別一等駆逐艦
横須賀鎮守府籍
全長102.6m
基準排水量1,215t(竣工時)/公試1,345t
出力38,500馬力
速力39.0ノット(計画)
主砲12cm単装砲 4門
魚雷発射管53.3cm連装発射管、魚雷8本搭載
初代艦長(心得)森繁二少佐(1921年9月1日〜)
戦没時艦長横田保輝少佐(1943年2月27日〜1944年2月18日戦没)
所属部隊第4駆逐隊→第34駆逐隊(秋風・羽風)
特記事項1933年、昭和三陸地震で大湊要港部から救援出動。1941年12月、カラヤン島攻略作戦で不時着機乗員を救助。1942年後半、第34駆逐隊としてガダルカナル戦の鼠輸送に投入。艦長・平佐田休少佐が1942年12月27日戦死、後任・宮崎勇少佐は後に夕雲型「清霜」艦長を務めた
最期1944年2月4日、トラック環礁・君島環礁で座礁。動けないまま2月17日のトラック島空襲で来襲機と交戦、翌18日朝、再度の空襲を受け座礁したまま戦没
HISTORY
太刀風 全戦歴タイムライン
1921年12月5日 — 竣工
舞鶴海軍工廠で竣工。横須賀鎮守府に所属
  • 一等駆逐艦に類別、横須賀鎮守府籍に編入。初代艦長・森繁二少佐(心得)が着任。
1933年3月3日
昭和三陸地震、救援活動
  • 第4駆逐隊所属で青森県大湊要港部に所在。地震発生を受け僚艦3隻と共に出航、翌日早朝までに鮫(八戸市)に到着し救援にあたる。
1937年 — 日中戦争
華中沿岸作戦、南部仏印進駐作戦
  • 日中戦争勃発後、華中の沿岸作戦、南部仏印進駐作戦に参加。
1941年12月7-10日 — カラヤン島攻略作戦
不時着機乗員の救助
  • 横須賀第三特別陸戦隊1個小隊を乗せ12月7日に高雄出撃。12月8日、陸戦隊をカラヤン島へ上陸させる(不時着場確保目的)。
  • 12月9日、カラヤン島南岸で不時着機の乗員を救助。同日陸戦隊撤収、12月10日高雄へ帰投。
1942年5-6月 — マーシャル諸島、輸送・救助
大井丸生存者救助、基地輸送
  • 5月31日ウォッゼ着。マロエラップ環礁で触雷沈没した「第二号大井丸」生存者救助のためタロアへ(6月1日到着)、ルオットへ(6月3日到着)。
  • 千歳空・第一空の訓練協力。6月30日以降、ウォッゼ〜イミエジ間の第十四空基地員・物件輸送、訓練協力を実施。
1942年7-8月 — ラバウルへの輸送、神威護衛
二式飛行艇隊のラバウル進出を支援
  • 7月14-23日、第十四空基地員・物件をイミエジ〜ラバウル間で輸送。8月、水上機母艦「神威」護衛でルオットへ、輸送船「五洲丸」護衛、「神威」のラバウルへの魚雷輸送護衛。
  • 8月23日タロア発、8月28日ラバウル着。
1942年後半 — 第34駆逐隊、鼠輸送
秋風・羽風と共にガダルカナル戦へ
  • 「秋風」「羽風」と第34駆逐隊を編成、ラバウルを拠点にガダルカナル島の戦いで護衛任務・強行輸送(鼠輸送)に投入される。
1942年12月27日 — 艦長戦死
平佐田休少佐、戦死
  • 艦長・平佐田休少佐(1941年9月20日着任)が戦死。翌1943年1月8日、宮崎勇少佐が新艦長に着任。
1943年1-2月 — 艦長交代
宮崎勇少佐、後に清霜艦長へ
  • 宮崎勇少佐は1943年2月27日まで艦長を務めた後、横田保輝少佐が着任。宮崎少佐は後年、夕雲型駆逐艦「清霜」の艦長として礼号作戦を戦うことになる。
1944年2月4日
トラック環礁・君島環礁で座礁
  • 人員・物資輸送のためトラック島へ向かう途上、君島環礁付近で暗礁に乗り上げ座礁。以後、動けない状態が続く。
1944年2月17-18日
トラック島空襲、座礁したまま戦没
  • 2月17日、米軍機動部隊による大規模なトラック島空襲が開始。「太刀風」は座礁状態のまま来襲機と交戦。
  • 翌18日朝、再度の空襲を受け、回避運動もできないまま戦没。同空襲では軽巡「香取」「阿賀野」「那珂」、駆逐艦「舞風」、そして睦月型「文月」も失われた。
RECORD
太刀風 全艦歴まとめ
太刀風は1921年に舞鶴海軍工廠で竣工した峯風型駆逐艦11番艦。1933年の昭和三陸地震では救援活動にあたり、日中戦争では華中沿岸作戦・南部仏印進駐作戦に参加した。太平洋戦争開戦後はカラヤン島攻略作戦で不時着機乗員を救助し、マーシャル諸島・ラバウル方面での地道な輸送・護衛任務を重ねた。1942年後半には峯風型の僚艦「秋風」「羽風」と第34駆逐隊を編成し、ガダルカナル戦の鼠輸送に投入される。この間、艦長・平佐田休少佐が戦死し、後任の宮崎勇少佐は後に夕雲型「清霜」艦長を務めることになる。1944年2月4日、トラック環礁で座礁し動けなくなったまま、2週間後のトラック島空襲を受け、翌18日、座礁した状態のまま戦没した。
艦長から艦長へ受け継がれた物語——太刀風艦長を務めた宮崎勇少佐は、後に夕雲型「清霜」艦長として礼号作戦を戦った。1隻の艦を超えて、人と艦の物語は受け継がれていった。
動けないという極限状況——座礁して回避運動もできないまま迎えた最期は、駆逐艦という機動力を身上とする艦種にとって、最も過酷な結末の1つだった。

⚓ 猫工艦ミリタリーグッズはこちら

ガダルカナルの鼠輸送を戦い抜き、動けぬままトラックに散った駆逐艦——「太刀風」の記録を、その身に纏え

SHOP を見る →

■ 参考文献・資料

  • ・アジア歴史資料センター(JACAR)海軍辞令公報(部内限)各号
  • ・防衛庁防衛研修所戦史室『戦史叢書第24巻 比島・マレー方面海軍進攻作戦』朝雲新聞社
  • ・防衛庁防衛研修所戦史室『戦史叢書第62巻 中部太平洋方面海軍作戦〈2〉昭和十七年六月以降』朝雲新聞社
  • ・伊藤大介「昭和三陸津波と軍隊」山本和重編『北の軍隊と軍港』(地域の中の軍隊1 北海道・東北)吉川弘文館、2015年
  • ・外山操『艦長たちの軍艦史』光人社、2005年
  • ・海軍歴史保存会編『日本海軍史』第7巻・第9巻、第一法規出版、1995年
  • ・Wikipedia「太刀風 (駆逐艦)」「秋風 (駆逐艦)」「峯風型駆逐艦」「トラック島空襲」
— OFFICIAL STORE —
FIELD TO STREET // 着る、戦術。
NECOKOUCAN SHOP
ミリタリーグッズ・オリジナルTシャツ・全アイテムはこちら
T-TRINITY| PREMIUM TEE| ¥4,400〜
ENTER SHOP →
ttrinity.jp
NECOKOUCAN — EST. 2023 — FUKUOKA