吹雪型駆逐艦 電——特型最終艦・諸元と全戦歴

吹雪型 · 24番艦(特III型・暁型4番艦・最終艦) · 第6駆逐隊
INAZUMA 駆逐艦 電
沈みゆく敵艦に敬礼した、特型最後の艦

1932年竣工、吹雪型(特型)駆逐艦24番艦・最終艦。「暁」「響」「雷」と特III型(暁型)・第6駆逐隊を編制。スラバヤ沖海戦で英重巡エクセターを撃沈後、英兵376名を救助した。1944年4月、僚艦「響」と位置交代した直後に米潜水艦ボーンフィッシュの雷撃を受け沈没、生存者121名は響に救助された。

諸元データ
竣工時兵装基準・サマリー
艦型
吹雪型24番艦
建造所
藤永田造船所
基準排水量
1,680t
最大速力
34.0kt
主砲
12.7cm連装砲×3基6門
魚雷兵装
61cm3連装発射管×3基
9射線
艦名電(いなづま)
艦型・番艦吹雪型(特型)駆逐艦 24番艦(特III型・暁型4番艦、特型最終艦)
艦名の由来雷型駆逐艦「電」に続き2隻目
建造所藤永田造船所
起工日1930年(昭和5年)3月7日(姉妹艦「雷」と同日付)
進水日1932年(昭和7年)2月25日
竣工日1932年(昭和7年)11月15日
除籍日1944年(昭和19年)6月10日
類別一等駆逐艦
全長118.5m
全幅10.36m
機関艦本式タービン2基2軸、新型空気予熱器付きボイラー3基(特III型の技術革新)
速力34.0kt(艦船要目公表値、計画38kt)
航続距離4,500海里/14kt(特I・II型標準値、特III型は燃費改善により実質向上)
乗員約219〜226名(竣工時220名前後)
主砲50口径三年式12.7cm連装砲:3基6門
魚雷発射管61cm3連装水上発射管:3基(計9射線)
機銃13mm連装機銃:1基(二番煙突後方、25mm化計画は供給問題で未実施)
所属駆逐隊履歴第6駆逐隊(暁・響・雷・電、1934年11月〜)→第一艦隊第一水雷戦隊編入(1940年11月)→第十一水雷戦隊(1943年以降、船団護衛)
主要艦長履歴竹内一中佐(スラバヤ沖海戦・敵兵救助時の艦長)/常盤駆逐艦長(最後の艦長、1944年4月戦死)
特記事項①1934年6月29日、済州島南方で僚艦「深雪」と衝突。深雪沈没、電も艦首部喪失(下士官1名死亡)
特記事項②1942年3月1日、スラバヤ沖海戦で英重巡エクセターを撃沈。「沈みゆく敵艦に敬礼」の艦内放送後、竹内一艦長の命令で英兵376名を救助
特記事項③1942年7月5日、米潜水艦トライトンに撃沈された駆逐艦「子日」の生存者36名を救助
特記事項④1942年11月12日、第三次ソロモン海戦で暁沈没・雷大破の中、軽微な損傷のみで生還。戦果報告:防空巡洋艦1轟沈・同1中破・巡洋艦1小破
特記事項⑤ロンドン海軍軍縮条約の排水量制限により、本艦をもって特型駆逐艦24隻の建造が打ち切られた
最終結末1944年4月14日、僚艦「響」と位置を交代した直後、米潜水艦「ボーンフィッシュ」の雷撃を受ける。魚雷2本が中部・後部に命中、右舷45度傾斜・後部二つ折れで沈没。常盤駆逐艦長以下169名戦死、121名は響に救助される
■ 吹雪型(特型)駆逐艦・特III型(暁型)について
ワシントン海軍軍縮条約による主力艦保有制限の中、補助艦艇の戦力強化を目的に建造された一等駆逐艦。凌波性能を追求した船形、密閉式艦橋による居住性改善、重武装(12.7cm連装砲3基、61cm魚雷9射線)により、当時の列強海軍に衝撃を与えた。電は暁・響・雷と共に、空気予熱器付きの新型ボイラーを採用した「特III型」(暁型)の4番艦として藤永田造船所で建造されたが、ロンドン海軍軍縮条約による排水量制限のため、本艦をもって特型駆逐艦24隻の建造は打ち切られた。
全戦歴タイムライン
竣工から戦没・除籍まで
1930年3月7日 — 起工
藤永田造船所で起工、雷と同日
  • 1932年2月25日進水、11月15日竣工。竣工順は雷(8月15日)に次いで2番目、暁(11月30日)より早かった。
1933年3月4-6日
昭和三陸地震、釜石への救援
  • 地震救援のため僚艦「雷」と共に釜石へ急行、6日に盛(現・大船渡市)に入る。
1934年6月29日
僚艦「深雪」と衝突、深雪沈没
  • 済州島南方で演習中、電は「深雪」に衝突。深雪は沈没。電自身も一番砲塔以前の艦首部を喪失、下士官1名死亡。
  • 軽巡「那珂」に曳航され、後進で佐世保に帰投。修理は呉で約3ヵ月間。修理後1934年11月から暁・響・雷・電の4隻で第6駆逐隊編成。
1940年11月〜1941年8月
第一水雷戦隊編入、特定修理
  • 第一艦隊第一水雷戦隊に編入。石川島造船所で九三式探信儀・九一式方位盤を装備。13mm機銃の25mm化は供給問題で未実施のまま開戦。
1941年12月4日 — 香港攻略戦
海上からの香港包囲に参加
  • 1942年1月9日からメナド攻略戦に参加。
1942年1月20日
特設運送船仙台丸と衝突
  • ダバオ湾口付近で衝突。工作艦「明石」で応急修理後、馬公工作部で1月30日〜2月17日まで本格修理。修理後高雄回航、2月21日重巡妙高護衛のため出撃。
1942年3月1日 — スラバヤ沖海戦
エクセター撃沈、敵艦に敬礼
  • 英重巡洋艦「エクセター」に魚雷を放ち撃沈に至らしめる。艦内に「沈みゆく敵艦に敬礼」の放送、乗組員は甲板で敬礼。
  • 海に飛び込む英兵を発見、竹内一艦長「敵兵を救助せよ」の命令。376名のイギリス兵を救助。同日付近で姉妹艦「雷」も翌日422名を救助。
1942年5月20日〜7月 — AL作戦
アッツ・キスカ占領作戦支援
  • 北方部隊所属。暁・響・雷の後を追い5月22日横須賀出港、陸奥湾へ。重巡那智・駆逐艦雷とAL作戦主隊として参加。5月29日川内湾出港、6月2日幌筵島到着。
  • 6月25-28日、大湊からキスカ島への燃料・弾薬輸送。
1942年7月5日
子日生存者36名を救助
  • 米潜水艦トライトンに撃沈された駆逐艦「子日」の生存者36名を収容。撃ち込まれた魚雷3本を回避し爆雷9個で反撃。
  • 7月10-15日、「あるぜんちな丸」をキスカから横須賀まで護衛。
1942年8月31日〜10月4日
飛鷹・隼鷹との訓練、トラック進出
  • 呉入港、内海西部で第二航空戦隊(角田覚治少将)の空母飛鷹・隼鷹と訓練。10月4日、電・磯波が飛鷹・隼鷹を護衛し呉出撃、10月9日トラック到着。
1942年10月20日深夜
飛鷹機関室火災、トラックへ護衛
  • 空母飛鷹で機関室火災発生、戦闘航海不可能となり旗艦任務・艦載機を隼鷹に移譲。電・磯波は飛鷹を護衛してトラック泊地へ。
1942年11月9-13日 — 第三次ソロモン海戦
軽微な損傷のみで生還
  • 11月9日、ガ島ヘンダーソン飛行場砲撃に向かう挺身攻撃隊(戦艦比叡・霧島ら多数)に属しトラック出撃。
  • 11月12日深夜〜13日未明、ノーマン・スコット少将率いる米巡洋艦部隊と交戦。第6駆逐隊から暁沈没・雷大破の中、三番艦の電は弾片で魚雷発射管動力電路切断という軽微な損害のみ。
  • 霧島・朝雲・春雨・電の一群で戦場離脱。魚雷6本・主砲54発発射、防空巡洋艦1轟沈・同1中破・巡洋艦1小破を報告。
  • 電幹部は、探照灯照射艦「比叡」が集中砲撃で航行不能(後に自沈)になったことを踏まえ、従来の夜戦戦術への「再考を要す」と提言。
1942年12月
東部ニューギニア輸送作戦
  • 12月末まで東部ニューギニア輸送作戦に従事。
1943年〜1944年
第十一水雷戦隊、船団護衛任務
  • 第6駆逐隊で暁を喪失、雷も大破経験。電は練成部隊である第十一水雷戦隊に所属し船団護衛に従事し続けた。
1944年4月14日 — 戦没
米潜水艦ボーンフィッシュの雷撃
  • 僚艦「響」と位置を交代したばかりのところへ、米潜水艦「ボーンフィッシュ」からの魚雷が接近。
  • 魚雷は電の中部と後部に各1本命中。右舷側に45度傾斜、後部は二つ折れとなり間もなく沈没。
  • 常盤駆逐艦長以下169名が戦死。121名は僚艦「響」に救助された。生存者の中には、1952年に「アリチアミン」を発見した第6駆逐隊軍医長・藤原元典も含まれていた。
  • 沈没地点:北緯05度05分・東経119度33分。
1944年6月10日 — 除籍
初雪型駆逐艦・帝国駆逐艦籍から除籍、第6駆逐隊解隊
  • 駆逐艦電・雷・天霧が初雪型駆逐艦から除籍。同日、軽巡夕張は軍艦籍から、雷・電・秋雲・天霧は帝国駆逐艦籍から除籍。
  • 暁・雷・電の相次ぐ喪失により第6駆逐隊は響のみとなり、雷・電の除籍と共に第6駆逐隊も解隊された。特III型4隻のうち、終戦まで生き残ったのは響1隻のみ。
まとめ
沈みゆく敵艦に敬礼した、特型最後の艦
吹雪型24番艦・電は、特型駆逐艦24隻の建造を打ち切ることになった最終艦である。スラバヤ沖海戦で英重巡「エクセター」を撃沈した直後、艦内に流れた「沈みゆく敵艦に敬礼」という放送と、竹内一艦長による「敵兵を救助せよ」の命令——電は、戦闘の勝者であることと敗者への敬意を、同じ一日の中で両立させた艦だった。

第三次ソロモン海戦では僚艦暁の沈没、雷の大破を目の当たりにしながらも軽微な損傷で生還し、その教訓から戦術への提言まで行っている。しかし1944年4月、僚艦「響」と位置を交代した直後、米潜水艦ボーンフィッシュの精密な雷撃により、電は静かに海に消えた。

電が残したものは、撃沈数ではなく、敵兵への礼節と、最後まで人を救おうとした第6駆逐隊全体の気風そのものである。

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▼ 関連記事

■ 参考文献・資料

  • ・防衛省防衛研究所 戦史叢書29『北東方面海軍作戦』朝雲新聞社
  • ・惠隆之介『敵兵を救助せよ! 英国兵422名を救助した駆逐艦「雷」工藤艦長』草思社、2006年
  • ・落合康夫「特型駆逐艦行動年表」『写真 日本の軍艦10 駆逐艦I』光人社、1990年
  • ・田村俊夫「特型23隻の開戦時の兵装」『歴史群像 太平洋戦史シリーズ70 完全版 特型駆逐艦』学習研究社、2010年
  • ・外山操『艦長たちの軍艦史』光人社、2005年
  • ・林寛司(作表)「特設艦船原簿/日本海軍徴用船舶原簿」『戦前船舶』第104号、戦前船舶研究会、2004年
  • ・野間恒『商船が語る太平洋戦争 商船三井戦時船史』2004年
  • ・アジア歴史資料センター(JACAR)各艦公文備考・海軍辞令公報
  • ・Wikipedia「電 (吹雪型駆逐艦)」
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