名前を取り違えられても、戦い続けた——吹雪型「白雲」の全記録

1942年8月28日、サンタイサベル島北方洋上。ガダルカナル島への鼠輸送中、駆逐艦「白雲」は米軍機の空襲を受けた。至近弾が機関室付近に命中し、浸水によって航行不能となる。同じ空襲で姉妹艦「朝霧」は魚雷誘爆を起こして轟沈し、「夕霧」も機関部・艦橋を損傷した。白雲はかろうじて沈没を免れたが、艦としての機能を失っていた。

吹雪型駆逐艦8番艦・白雲は、「叢雲」「東雲」「薄雲」と共に「雲級」第12駆逐隊を編制した艦である。マレー作戦、バタビア沖海戦と前線で戦い、輸送任務に従事し続けたが、その艦歴は混同と誤記録に何度も付きまとわれている。戦史叢書の記録でさえ、サボ島沖海戦に参加したのは実際には「白雪」だったものが「白雲」と誤って記されたことがある——字体の似た艦名が、歴史の記録にまで影響を及ぼした稀有な例である。

そして——白雲の最期もまた、決して劇的な海戦の中ではなく、千島方面への輸送任務という地味な任務の最中に訪れた。北海道釧路沖、米潜水艦の魚雷一発が、この艦の16年近い艦歴に終止符を打つことになる。

建造所 / 起工日
藤永田造船所
1926年10月27日
竣工 / 初代艦名
1928年7月28日
第四十二号駆逐艦
基準排水量 / 速力
1,700t
34.0kt
艦型・番艦
吹雪型8番艦
(雲級4番艦)
主砲型式・門数
12.7cm連装砲
3基6門
魚雷兵装
61cm3連装発射管
9射線
所属駆逐隊
第12駆逐隊→
第20駆逐隊
特筆データ
白雪」との
記録上の混同が頻発
最終的な結末
1944年3月16日
釧路沖で米潜水艦の雷撃により沈没
■ 吹雪型(特型)駆逐艦・雲級とは
ワシントン海軍軍縮条約による主力艦保有制限の中、補助艦艇の戦力強化を目的に建造された一等駆逐艦。凌波性能を追求した船形、密閉式艦橋による居住性改善、重武装(12.7cm連装砲3基、61cm魚雷9射線)により、当時の列強海軍に衝撃を与えた。白雲は藤永田造船所で建造され、「叢雲」「東雲」「薄雲」と共に、艦名に「雲」を含む4隻——通称「雲級」を構成した。竣工当初は「第四十二号駆逐艦」と呼ばれていたが、1928年8月1日に「白雲」と改称された。日本海軍の艦船としては白雲型駆逐艦(初代)「白雲」に続いて2隻目にあたる。

白雲は1926年10月27日、藤永田造船所で起工した。1928年7月28日に竣工し、「叢雲」「東雲」「薄雲」と共に第12駆逐隊を編制する。日中戦争では北部仏印進駐などに参加し、太平洋戦争開戦時には第三水雷戦隊麾下の第12駆逐隊に所属していた。

■ 第四艦隊事件——魚雷格納庫の損傷
1935年9月26日の第四艦隊事件では、多くの艦船が大小さまざまな被害を受ける中、白雲も魚雷格納庫を軽度に損傷し、船体そのものにも歪みが生じている。姉妹艦「初雪」「夕霧」の艦首切断ほどの大破には至らなかったが、艦体強度問題は白雪型全体に共通する課題として浮かび上がっていた。

太平洋戦争開戦時、第12駆逐隊は機雷で損傷し戦列を離れていた「薄雲」を除く3隻(叢雲・東雲・白雲)でマレー作戦に参加した。12月17日、ボルネオ・ミリ攻略中に「東雲」が飛行艇の爆撃を受けて沈没(推定)したと伝えられている。

■ バタビア沖海戦——蘭駆逐艦エヴェルトセン発見 ■
【1942年3月1日】:日本側の重巡「最上」「三隈」が米重巡ヒューストン・濠軽巡パースの撃沈に成功
【混戦の余波】:日本側の魚雷が状況を確認せず発射され、揚陸中の輸送船・掃海艇に命中する被害が発生
【白雲・叢雲の発見】:護衛準備が整わず後から追いかける形になっていた蘭駆逐艦「エヴェルトセン」を、白雲・叢雲が発見
【エヴェルトセン】:スラバヤ沖海戦から離脱した艦で、バタビアでの出撃準備が間に合わず2隻(ヒューストン・パース)に同行できなかった

3月10日、東雲を喪失して2隻編制になっていた第12駆逐隊が解隊され、白雲は第20駆逐隊(朝霧・夕霧・天霧)に編入された。第20駆逐隊はベンガル湾機動作戦、ミッドウェー作戦に従事し、7月中旬以降はインド洋方面通商破壊作戦「B作戦」に従事した。だが8月7日のガダルカナル島の戦い開始により、この作戦は中止される。

■ 1942年8月28日——姉妹艦が轟沈した夜、白雲も力尽きる
8月26日夜、第20駆逐隊4隻(天霧・夕霧・朝霧・白雲)は歩兵第124連隊第2大隊600名を分乗させ、ガダルカナル島へ向かう。だが飛行艇に発見されて輸送を中断、燃料欠乏を避けるためいったん洋上待機し、28日に第24駆逐隊と合流する計画を取った。合流地点を目指す途中、恐れていた爆撃機が来襲する。「白雲」は至近弾を受けて機関室の浸水が酷くなり航行不能、「夕霧」も複数の至近弾で機関室・艦橋を損傷。そして「朝霧」は2発の直撃弾を受け、魚雷発射管の誘爆により轟沈した。無傷だったのは天霧だけだった。

10月1日、第20駆逐隊は解隊され、白雲と夕霧は共に呉鎮守府警備駆逐艦となり、修理のため日本に戻ることになった。10月7日、軽巡「神通」と共に入泊し、翌8日に呉軍港へ到着。白雲の修理は呉海軍工廠と藤永田造船所で行われた。当時、藤永田造船所では夕雲型駆逐艦「大波」を建造中で、白雲駆逐艦長・平山敏夫少佐は11月15日から大波艤装員長も兼務することになった。

■ 「白雲」と「白雪」——記録に残った字体の混同 ■
【戦史叢書の記録】:1942年10月11-12日のサボ島沖海戦に「白雲」が参加し、輸送隊の「夏雲」沈没後、「白雲」と「朝雲」が「叢雲」の救援・処分を行ったとされている
【実際】:このとき白雲は修理が必要な状態にあり、実際にサボ島沖海戦に参加したのは「白雪」だった
【混同の理由】:「白雲」と「白雪」は字体が似ており、海軍内でも「今後白雲宛ての文書はシラクモとフリガナを付けてください」という海軍公報が出されるほどだった

12月20日、吉川潔中佐(白露型「夕立」が第三次ソロモン海戦で活躍・沈没した時の駆逐艦長)が大波艤装員長に任命され、平山少佐は兼務を解かれた。1943年3月に修理を終えた白雲は、4月1日付で「薄雲」「朝雲」と共に第9駆逐隊(第五艦隊隷下・第一水雷戦隊)を編成し、北方部隊に配置される。6月6日深夜には、米潜水艦制圧のための出撃中、視界不良の中で駆逐艦「沼風」と衝突し艦首部を損傷するという事故にも遭っている。

■ 白雲の全戦歴ハイライト ■
【1928年7月】:吹雪型・雲級として竣工。第12駆逐隊(叢雲・東雲・薄雲・白雲)編成
【1935年9月】:第四艦隊事件で魚雷格納庫を損傷
【1941年12月】:マレー作戦に参加
【1941年12月17日】:姉妹艦東雲、ボルネオ・ミリで戦没
【1942年3月1日】:バタビア沖海戦。叢雲と共に蘭駆逐艦エヴェルトセンを発見
【1942年4〜7月】:ベンガル湾機動作戦、ミッドウェー作戦、B作戦に従事
【1942年8月28日】:ガダルカナル輸送中の空襲で機関室浸水、航行不能。姉妹艦朝霧は同時に轟沈
【1942年10月〜1943年】:呉海軍工廠・藤永田造船所で修理。復帰後は北方海域での輸送・護衛任務
【1944年3月16日】:釧路沖で米潜水艦トートグの雷撃により沈没
■ 最期——釧路沖、米潜水艦トートグの一撃
修理を終えた白雲は、千島列島方面を含む北方海域での船団護衛・輸送任務に従事するようになった。1944年1月22日、平山少佐が秋霜艤装員長として転出し、元砲艦「隅田」艦長の橋本正雄少佐が新たな艦長に着任する。だが1944年3月16日、第9駆逐隊として陸軍輸送船4隻を護衛中、釧路沖(資料によっては襟裳岬沖)の太平洋で米海軍潜水艦「トートグ」の雷撃を受ける。橋本正雄艦長以下、全乗組員が戦死した。マレー作戦からガダルカナル輸送、北方護衛と転戦を続けた末の最期は、太平洋の華々しい海戦ではなく、日本近海での潜水艦戦という、戦争後期に拡大した脅威によるものだった。同年3月31日、白雲は除籍され、第9駆逐隊は第18駆逐隊に改編された。
■ 猫工艦の考察 白雲という艦の本質は、「記録の影に置かれた存在」だったことにある。バタビア沖海戦では僚艦と共に敵駆逐艦を発見する役割を果たし、ガダルカナル輸送では姉妹艦朝霧の轟沈を間近で経験しながらも自らは航行不能の状態で生き延びた。しかし、その存在感はしばしば「白雪」という似た名前の艦と混同され、戦史叢書という公的な記録の中にまで誤記が残ることになった。

最期もまた、太平洋の激しい海戦ではなく、北海道近海での潜水艦による静かな一撃だった。名前の混同、地味な輸送任務、目立たない最期——白雲の艦歴は、戦争の記録の中でどうしても見過ごされがちな艦の典型のように見える。

だが、見過ごされがちであることと、戦わなかったことは違う。マレー作戦からガダルカナル、北方海域まで、白雲は確かに前線に立ち続けた艦だった。記録に残る名前の取り違えそのものが、この艦が実在し、戦い続けていたことの証でもある。

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■ 参考文献・資料

  • ・防衛省防衛研究所 戦史叢書83『南東方面海軍作戦(1)』朝雲新聞社、1975年
  • ・歴史群像編集部編『水雷戦隊II 陽炎型駆逐艦』第19巻、学習研究社、1998年
  • ・雑誌「丸」編集部『ハンディ版 日本海軍艦艇写真集16 駆逐艦 吹雪型[特型]』光人社、1997年
  • ・雑誌「丸」編集部『写真 太平洋戦争<第三巻>』光人社、1995年
  • ・森史郎『空母瑞鶴戦史[ソロモン攻防篇]』潮書房光人社、2018年
  • ・アジア歴史資料センター(JACAR)各艦公文備考・海軍辞令公報
  • ・Wikipedia「白雲 (吹雪型駆逐艦)」

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