朝潮型2番艦「大潮」——諸元と全戦歴・ケ号作戦完遂からアドミラルティ沖での戦没まで

朝潮型 · 2番艦 · 第8駆逐隊
OSHIO
「勝利の翌日に失う」——ケ号作戦5183名救出の13日後に沈んだ艦

舞鶴海軍工廠が建造した朝潮型2番艦。バリ島沖海戦での活躍から約10ヶ月の修理ブランクを経てケ号作戦全3回を完遂——5,183名を救い出した13日後に米潜水艦の雷撃で沈んだ「最後の任務を全うした艦」の諸元と全戦歴。

SPEC
基本諸元サマリー
TYPE
朝潮型 2番艦
DISPLACEMENT
1,961 t
MAX SPEED
34.85 kt
MAIN GUN
12.7cm × 6
TORPEDO
61cm × 8射線
FATE
1943.2.21 戦没
艦名(おおしお)
艦型・番艦朝潮型駆逐艦 2番艦
建造所舞鶴海軍工廠
起工日1936年(昭和11年)8月5日
進水日1937年(昭和12年)4月19日
竣工日1937年(昭和12年)10月31日
除籍日1943年(昭和18年)4月1日
類別一等駆逐艦
全長118.0m
全幅10.386m
吃水3.683m(平均)
基準排水量1,961t
公試排水量2,635t
ボイラーロ号艦本式重油専焼水管缶 3基
タービン艦本式タービン 2基 2軸
出力52,000馬力
速力(公試)34.85ノット(大潮の公試成績が朝潮型の公式値として記録)
航続距離18ノットで5,000海里
主砲50口径三年式12.7cm C型連装砲 3基6門
魚雷発射管九二式61cm四連装水上発射管 2基8射線(九三式酸素魚雷搭載)
対空機銃九六式25mm連装機銃 / 九三式13mm機銃(竣工時)
対潜装備九三式水中探信儀(ソナー)/ 爆雷投射機
追加改装修理中(1942年)に大発動艇搭載装置を追加
乗員約230名(定員)
所属部隊第8駆逐隊(第2水雷戦隊)朝・満・荒潮と編成
戦没時艦長(不明・吉川潔中佐はバリ島沖後に夕立艦長へ転任)
戦没1943年2月21日 アドミラルティ諸島マヌス島沖
戦没原因米潜水艦アルバコアの雷撃(1本命中)→ 翌日船体断裂・沈没
戦死者8名(士官1・下士官兵7)
TIMELINE
竣工から戦没・除籍まで
1936年8月5日 — 起工
舞鶴海軍工廠にて起工。中村亀三郎中将が和歌を贈る
  • 起工に際し、舞鶴要港部司令官・中村亀三郎中将が自作の和歌を贈った。「のどかなる さくらさきそう 春の海に しぶきたてゆく ふなおろし見る」——大潮の艦歴を象徴するような詩だった。
1937年10月31日 — 竣工
舞鶴海軍工廠で竣工。第25駆逐隊に編入
  • 竣工後まもなく中支方面へ出動。1938年1月、臨機調事件(タービン翼折損)対応の改装工事を佐世保海軍工廠で実施。1939年11月、横須賀転籍・第8駆逐隊へ改称。
1941年12月8日 — 開戦
南方部隊本隊。マレー上陸作戦・リンガエン湾上陸作戦
  • 第8駆逐隊として第二艦隊南方部隊本隊に所属。マレー半島上陸・フィリピン(リンガエン湾)上陸支援に参加。1940年10月11日には横浜港沖で紀元二千六百年特別観艦式にも参加済み。
1942年2月19-20日 — バリ島沖海戦(感状受賞)
・朝潮でABDA艦隊撃退。蘭駆逐艦ピートハイン撃沈
  • バリ島揚陸完了後、満・荒潮が先行離脱。大・朝・輸送船笹子丸が泊地に残留。2月20日未明、ABDA艦隊(軽巡3・駆逐艦7)が3波にわたり突入。大・朝潮が蘭駆逐艦ピートハインを撃沈し、蘭軽巡トロンプ・米駆逐艦スチュワートに損傷を与えた。山本五十六連合艦隊司令長官が12月8日付で第8駆逐隊に感状を授与。大潮の公試成績(34.85ノット)が朝潮型の公式速力として記録されている。
1942年2月20日(翌朝) — 空襲で大損傷
撤退中の空襲で至近弾命中。速力10kt以下に低下
  • バリ島沖海戦後、長良・第21駆逐隊(若葉・子日・初霜)に護衛されてマカッサルへ退避中、空襲を受けて大潮に至近弾命中。浸水量が大きく速力10ノット以下に低下した。満潮よりも浸水被害が大きかったという記録がある。マカッサルで応急修理後、横須賀で本格修理へ。
1942年3月〜12月 — 約10ヶ月の修理ブランク
長期修理。この間にミッドウェー・ガダルカナルの激闘が展開
  • マカッサル応急修理→高雄経由→横須賀。4月10日、第8駆逐隊が第4水雷戦隊に転籍。5月15日、大潮は特別役務艦(修理中)に指定。修理中に大発動艇搭載装置を追加。この約10ヶ月間に、ミッドウェー海戦(6月)・ガダルカナル島の戦い開始(8月)・第三次ソロモン海戦(11月)が起きた。12月29日、前線復帰。
1943年1月9日 — ショートランド着
前線復帰。第6次ガダルカナル輸送作戦に参加
  • 1月9日朝、ラバウルを経由してショートランド泊地に到着。1月10-11日、第6次ガダルカナル輸送作戦(駆逐艦8隻:大・荒黒潮・巻波・江風・嵐・初風・時津風)を実施。11日以降、ニューギニア方面護衛部隊に編入。22日、ニュージョージア島ムンダへの輸送作戦に参加。
1943年2月1日・4日・7日 — ケ号作戦(全3回完遂)
ガダルカナル島撤収作戦・全3回出動・5,183名を救出
  • 2月1日(第1次)・4日(第2次)・7日(第3次)のガダルカナル島撤収作戦(ケ号作戦)全3回に大潮は参加。史上最も成功した撤退作戦の一つとして評価されるこの作戦で、守備隊5,183名の全員を無事に撤収させた。大潮はその全任務を完遂した。
1943年2月20日0603 — 米潜水艦アルバコアの雷撃
ケ号作戦完遂の13日後、輸送護衛中に被雷・航行不能
  • 輸送船団護衛でアドミラルティ諸島マヌス島沖を航行中、米潜水艦アルバコアが発射した魚雷6本のうち1本が右舷前部機械室付近に命中。前後部機械室・3缶が浸水、浸水量計700トン、航行不能。高松宮日記に「〇六〇三 大 雷撃ヲ受ケ内一本前部機械室右舷ニ命中、前後部機械室・三缶浸水、航行不能」と記録。荒潮が曳航を開始した。
1943年2月21日朝 — 船体断裂・沈没
曳航中に船体中央部が断裂。戦死者8名
  • 荒潮による曳航中の翌21日朝、船体が中央部で断裂して沈没。戦死者8名(士官1・下士官兵7)。荒潮が大潮乗員を収容してラバウルに帰投した。
1943年4月1日 — 除籍
除籍。同日付で朝潮型が「満潮型」に改称
  • ネームシップ朝潮の戦没(3月3日)を受けて4月1日付で朝潮型は「満潮型」に改称。大潮もこの日付で正式除籍となった。
RECORD
全艦歴まとめ
大潮は1937年10月に舞鶴海軍工廠で竣工した朝潮型2番艦。バリ島沖海戦での蘭駆逐艦撃沈の翌朝に空襲大損傷、約10ヶ月の修理ブランクを経て1943年1月に前線復帰。ガダルカナル撤収作戦(ケ号作戦)全3回を完遂し5,183名を救出——その13日後の1943年2月20日、輸送護衛中に米潜水艦アルバコアの雷撃を受けて航行不能となり、翌21日朝に船体が断裂して沈没した。戦死者わずか8名。大潮の艦歴は「バリ島沖の勝利の翌朝に失い、ケ号作戦完遂の翌日に失う」という2度の残酷な繰り返しで記憶される。
大潮公試成績の記録的意義——大潮の公試最大速力34.85ノットは、朝潮型全艦の中で公式記録として残り、艦型の速力性能値として採用されている。艦型を代表する数値を残した2番艦という皮肉な事実も大潮の特徴の一つだ。

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