特型駆逐艦(吹雪型駆逐艦)の分類(I型、改I型、II型、III型)の特徴

IMPERIAL JAPANESE NAVY — SPECIAL TYPE DESTROYERS
SPECIAL TYPE
特型駆逐艦
吹雪型 — I型 · 改I型 · II型 · III型

1928年、世界の海軍を震撼させた革命艦が誕生した。 特型駆逐艦——「吹雪型」の登場は、当時の列強海軍にとって衝撃だった。基準排水量1,680トン、最大速力38ノット、12.7cm連装砲3基に61cm三連装魚雷発射管3基。この一艦が当時の重巡洋艦にも匹敵する火力を持ち、駆逐艦の設計常識を根本から覆した。 全24隻が竣工し、I型・改I型・II型・III型の4グループに分類されるその進化の軌跡を、猫工艦が完全解説する。

24
総隻数
22
太平洋戦争で戦没
2
終戦まで生還(・響)
■ 特型駆逐艦とは

日本海軍が1920年代後半に建造した大型駆逐艦群の総称。正式名称「吹雪型」だが、その性能が従来の駆逐艦を大幅に超えたことから「特型」と呼ばれる。建造期間が長く細部の設計変更が重なったため、I型・改I型(浦波)・II型(綾波型)・III型(暁型)の4グループに分類するのが一般的。建造数と性能の両面で、帝国海軍駆逐艦史における最大の転換点となった艦型である。

4つの型の分類と特徴
I型 · 改I型 · II型 · III型の違い
I
TYPE I · 特Ⅰ型
特Ⅰ型(吹雪型)
FUBUKI-CLASS TYPE I
  • 主砲:12.7cm連装砲 A型(仰角40°)
  • 缶室吸気口:キセル型(独特な形状)
  • 艦橋:比較的小型・シンプル構造
  • 計画:大正12年度・15年度計画
  • 隻数:9〜10隻(浦波含む場合)
I’
MODIFIED TYPE I · 改Ⅰ型
特Ⅰ型改(浦波)
MODIFIED TYPE I — URANAMI
  • 主砲:A型砲(I型と同じ)
  • 缶室吸気口:お碗型(II型と同じ)
  • 艦橋:I型と同じ構造
  • 背景:ジュネーブ軍縮会議で急遽竣工、B型砲が間に合わず
  • 隻数:1隻(浦波のみ)
II
TYPE II · 特Ⅱ型
特Ⅱ型(綾波型)
AYANAMI-CLASS TYPE II
  • 主砲:12.7cm連装砲 B型(仰角75°→後期55°)
  • 缶室吸気口:お碗型(日本海軍標準化)
  • 艦橋:I型より大型化
  • 後期型:朧・曙・漣・潮は煙突が低く形状変化
  • 隻数:10隻(綾波〜
III
TYPE III · 特Ⅲ型
特Ⅲ型(暁型)
AKATSUKI-CLASS TYPE III
  • 主砲:12.7cm連装砲 B型(仰角75°)
  • 缶(ボイラー):4基→3基(空気余熱器採用)
  • 煙突:1番煙突が細い(外観上の識別点)
  • 魚雷発射管:防盾を標準装備(初採用)
  • 艦橋:II型よりさらに大型化
  • 隻数:4隻(暁・響・雷・電)
■ 改I型「浦波」について

昭和2年度計画の1番艦「浦波」は、ジュネーブ海軍軍縮会議(1927年)の影響を受け急遽竣工時期を前倒しにした。その結果、開発中だった新型B型砲の搭載が間に合わず、旧来のA型砲を装備するという折衷的な艦になった。缶室吸気口はII型準拠のお碗型を採用しており、I型とII型の特徴を同時に持つ「IIA型」とも呼ばれる特異な存在。

型別 主要諸元 比較表
外観・装備の違いを一覧で確認
項目 I型
吹雪型
改I型
浦波
II型
綾波型
III型
暁型
隻数 9(10)隻 1隻 10隻 4隻
計画年度 大正12・15年度 昭和2年度(1番) 昭和2年度(2〜11番) 昭和2年度(12〜15番)
基準排水量 1,680トン 1,680トン 1,680トン 1,680トン
全長 118.5m 118.5m 118.5m 118.5m
主砲型式 A型砲(仰角40°) A型砲(仰角40°) B型砲(仰角75°) B型砲(仰角75°)
缶室吸気口 キセル型 お碗型 お碗型 お碗型
ボイラー数 4基 4基 4基 3基(空気余熱器採用)
1番煙突形状 通常 通常 通常(後期は低い) 細い(識別点)
艦橋規模 小型・シンプル 小型(I型同じ) 中型(大型化) 大型(最大)
魚雷発射管防盾 なし なし なし あり(初採用)
魚雷発射管 61cm 三連装 3基(9射線)— 全型共通
最大速力 38ノット— 全型共通
主な識別艦 吹雪白雪・初雪・磯波 浦波 綾波・敷波・天霧・ 暁・響・雷・電
■ B型砲(12.7cm連装砲B型)の革新性

II型から採用されたB型砲は仰角75度を実現し、対空射撃にも対応できる設計だった。しかしその重量が問題となり、後期型では仰角を55度に制限する改造が行われた。さらに第四艦隊事件・友鶴事件後の復原性問題対策として、全型を通じて大規模な改修が実施されている。

全24隻 計画順一覧
竣工日・建造所・戦歴の記録
I型(吹雪型)— 9〜10隻
艦名建造所竣工結末・戦歴
1 吹雪 TYPE I 舞鶴工作部 1928.08.10 1942.10.11 サボ島沖海戦で沈没
2 白雪 TYPE I 横浜船渠 1928.12.18 1943.03.03 ビスマルク海海戦で沈没
3 初雪 TYPE I 舞鶴工作部 1929.03.30 1943.07.17 ブインで沈没
4 深雪 TYPE I 浦賀船渠 1929.06.29 1934.06.29 演習中「電」と衝突・喪失
5 叢雲 TYPE I 藤永田造船所 1929.05.10 1942.10.12 サボ島沖海戦で処分
6 東雲 TYPE I 佐世保海軍工廠 1928.07.25 1941.12.17 ボルネオ沖で触雷または爆撃・沈没
7 薄雲 TYPE I 石川島造船所 1928.07.26 1944.07.07 択捉島北方で米潜水艦「スケート」の雷撃で沈没
8 白雲 TYPE I 藤永田造船所 1928.07.28 1944.03.16 釧路沖で米潜水艦「トートグ」の雷撃で沈没
9 磯波 TYPE I 浦賀船渠 1928.06.30 1943.04.09 セレベス島沖で米潜水艦「トートグ」の雷撃で沈没
10 浦波 改TYPE I 佐世保海軍工廠 1929.06.30 1944.10.26 フィリピン・パナイ島沖で空襲を受け沈没
II型(綾波型)— 10隻
艦名建造所竣工結末・戦歴
1 綾波 TYPE II 藤永田造船所 1930.04.30 1942.11.14 第三次ソロモン海戦で大破、翌日沈没
2 敷波 TYPE II 舞鶴工作部 1929.12.24 1944.09.12 南シナ海で米潜水艦「グロウラー」の雷撃で沈没
3 朝霧 TYPE II 佐世保海軍工廠 1930.06.30 1942.08.28 ガダルカナル島タイボ岬で空襲を受け沈没
4 夕霧 TYPE II 舞鶴工作部 1930.12.03 1943.11.25 セント・ジョージ岬沖海戦で沈没
5 天霧 TYPE II 石川島造船所 1930.11.10 1944.04.23 マカッサル海峡で触雷し沈没 ※PT-109を撃沈した艦
6 狭霧 TYPE II 浦賀船渠 1931.01.31 1941.12.24 クチン北方でオランダ潜水艦K-19の雷撃で沈没
7 TYPE II 佐世保海軍工廠 1931.10.31 1942.10.17 キスカ島北東方水域で空襲を受け沈没
8 TYPE II 藤永田造船所 1931.07.31 1944.11.13 マニラ湾で空襲を受け大破着底・放棄
9 TYPE II 舞鶴工作部 1932.05.19 1944.01.14 ウォレアイ諸島水域で米潜水艦「アルバコア」の雷撃で沈没
10 TYPE II 浦賀船渠 1931.11.14 終戦まで生還 → 1948.08.04 解体
III型(暁型)— 4隻
艦名建造所竣工結末・戦歴
1 TYPE III 佐世保海軍工廠 1932.11.30 1942.11.13 第三次ソロモン海戦でガダルカナル島水域にて沈没
2 TYPE III 舞鶴工作部 1933.03.31 終戦まで生還 → 1947.07.05 ソ連へ賠償艦として引き渡し(「ヴェールヌイ」へ改名)
3 TYPE III 浦賀船渠 1932.08.15 1944.04.13 グアム南南東で米潜水艦「ハーダー」の雷撃で沈没
4 TYPE III 藤永田造船所 1932.11.15 1944.05.14 ボルネオ東方で米潜水艦「ボーンフィッシュ」の雷撃で沈没
主要 駆逐隊の編成
チームとして戦った艦たちの記録
特型駆逐艦は当初4隻編成の駆逐隊を構成したが、戦争の進行とともに3隻体制への変更と再編が繰り返された。以下は主要な駆逐隊の編成を示す。
第十一駆逐隊
吹雪 · 白雪 · 初雪 · 深雪
後に叢雲・天霧・夕霧を編入。深雪の衝突事故、吹雪の戦没など激しい変遷をたどった。
第十二駆逐隊
叢雲 · 東雲 · 薄雲 · 白雲
東雲の早期戦没(1941年)、叢雲の転出など編成変更が多かったグループ。
第十九駆逐隊
磯波 · 浦波 · 綾波 · 敷波
南西方面艦隊で活躍。終戦直前に解隊となった。
第七駆逐隊
朧 · 曙 · 漣 ·
空母護衛・輸送船団護衛に従事。潮が終戦まで生き残った。
第六駆逐隊
暁 · 響 · 雷 · 電
南方作戦・ガダルカナル戦で活躍。響が終戦まで生き残り、ソ連へ引き渡された。
第二十駆逐隊
朝霧 · 夕霧 · 天霧 · 狭霧
南方作戦に従事。狭霧は1941年12月に最初の戦没を記録した。
特型駆逐艦24隻が残したもの

特型駆逐艦の本質は、「過剰な性能」と「過剰な期待」の産物である、という点にある。1920年代当時、条約で制限された排水量の中でいかに戦力を最大化するかという命題に対し、日本海軍が出した答えがこの艦型だった。基準排水量1,680トンで重巡に匹敵する攻撃力を詰め込んだその設計思想は革命的であり、列強海軍が一斉に対抗艦を建造し始めるほどの衝撃をもたらした。

しかし「過剰」は代償をともなった。友鶴事件(1934年)では三等水雷艇「友鶴」が転覆し復原性問題が露呈。第四艦隊事件(1935年)では特型も波浪で艦首を折損した。その後の大規模改修で艦橋の軽量化・バラスト追加・魚雷発射管の位置変更が実施されたが、これが本来の速力を若干低下させる結果を招いた。優れた設計は、現場の運用と安全要求の前で常に妥協を迫られる——特型の改修史はその縮図である。

24隻中22隻が太平洋戦争で失われた。生還したのは潮と響——2隻だけだ。比率にして91.7%の戦没率は、日本海軍の消耗戦の厳しさを象徴する数字でもある。しかしその2隻の生き様もまた、それぞれに劇的だった。潮はスラバヤ沖海戦で敵将兵を救助し「武士道の艦」と呼ばれ、響は三度の大破を乗り越えてソ連の軍艦として生き延びた。24隻の名前の中に、太平洋の海底と、遠いウラジオストクの港がある。

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■ REFERENCES / 参考文献
  • ・防衛省防衛研究所 戦史叢書 各巻 / 朝雲新聞社
  • ・アジア歴史資料センター(JACAR)各艦公文備考
  • ・Wikipedia「吹雪型駆逐艦」「特型駆逐艦」各記事
  • ・片桐大自『帝国海軍全艦艇史』ベストセラーズ
  • ・福井静夫『日本駆逐艦物語』光人社NF文庫

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